自らが産みし最悪の結果
何が起きたかわからない
必死に走って走って…
喉が切れるのではないかと言うほど叫んで
彼はこっちを見たのに
やっと
やっと届いたと思ったのに
「ヨフテ―――――――――!!」
しゃがれたような声で、シルハは叫びながら必死に彼の元へと走った。マーダが少し苦しそうだが、今は気にしてあげる余裕がシルハには残っていない。
彼に、確に自分の声は届いて、彼は自分を見たのに
気付いたときには、彼の体は何かに吹き飛ばされ、そのまま全く動かなくなってしまった。
「ヨフテ、ヨフテ!!」
シルハは駆け寄ると、マーダを降ろして彼を抱き抱える。何度も体を揺さぶるが、彼は全く反応せず、ただ虚ろな瞳で宙を見つめていた。
「ヨフテ!!しっかりして!!ヨフテ!!!!」
視界が滲みそうになった。また…
また…自分は人を守れなかった…。
ガサリと草同士が擦れる音で現実に引き戻される。シルハが顔を上げると、視界に少女の後ろ姿が映った。森の中に踵を返して入っていく少女の姿を見ていたと思うと、シルハは走り出していた。
「まて…―――!!」
「待って!シル兄!」
マーダの制止声が遠くの方で聞こえた気がする。だが、それを気にも止めず、シルハは少女を追い掛けた。徒歩の少女には、出遅れたとは言え、走りのシルハは直ぐに追い付く。それと同時に沢山の命を終わらせた剣を振りかざした。
「お前ぇえ!!」
少女は、シルハの存在に気付くと、上体を前に倒して、そのまま前転をする。振りかざした剣は、少女のスカートを微かにかすめただけで、虚しく地に突き刺さった。
「ほぅ…貴様…私と殺り合う気か?」
少し口の端を上げ、シルハと向かい合う様な体勢をとった少女は、嘲るように笑う。
「許さない…!」
シルハは自分でも驚くほどの怒りを胸に込めながら、叫ぶように言葉を放った。
「クス…面白い…」
少女が小さく笑うと、少女の周りの空気が一気に変わる。色に例えるなら黒。まるで空気に色がついたかのような重苦しい重圧が広がった。
「呪われろ…"呪"…《全界朽華(ぜんかいきゅうか)》」
魔法の呪文念唱とは違う念唱…。ある場面がシルハの記憶から蘇った。
その途端に体がグンと引っ張られる。気付けば、シルハの体は宙に浮いていた。
それと同時に足の方から風を斬るような、凄まじい音が響く。シルハは音に驚いて思わず目を瞑った。
「大丈夫!!?」
その時上から声がする。シルハはその聞き慣れた声に驚いて顔をあげようとしたが、それと同時に浮いていた体が急に地に着いて、痛みが体に走った。
「痛っ!」
「あ、ごめんね!僕よりシル兄大きいから」
そう謝ってきたのはマーダだった。魔力を纏って、変身した彼が、手を前で合わせて、ウル目でシルハを見ている。シルハはわけが分からずに首を傾げた。
「マ、マーダ…?」
なぜここにマーダが居るのか、なぜ急に自分の体が浮いたのか、混乱で思考が上手く働かない。
「クス…貴様…その幼子に助けられたな」
その時、背後から少女の声が聞え、驚いて後ろを振り向く。そこに居たのは確に変わらず、あの少女だった。だが、背後の森はおぞましい姿に変わっていた。
周りの木々や草花は腐り、腐敗した甘いような酸っぱいような、何とも言えない嫌な臭いが鼻をつく。そして、そこは先程まで自分が立っていた場所だった。
つまり、変身して追い掛けてきてくれたマーダが、危険を省みず自分を守るために飛び込み、安全な場所まで運んでくれたのだ。宙に浮いたのは、マーダに凄い力で引っ張られた為に、足が一時地面を離れたせいだった。もしマーダが来ていなかったら確実にシルハはあの中で腐り果てていただろう。あんなに怖がっていたマーダが、自分の為に、必死に助けに来てくれたのだ。
「あぁ…マーダ…ありがとう…」
シルハはギュッと胸が締め付けられる様な気持になった。息を乱し、涙目はまだ恐怖に揺れている。それでも、彼は自分勝手な自分の為に来てくれたのだ。
「シル兄の為ならどこでも行ける…何でも出来るよ!だから…」
マーダは一回顔を伏せると、更に瞳に涙を溜めて勢い良く顔を上げた。
「シル兄だけ危ないとこ行っちゃうの…嫌!!色んな事、忘れちゃ…嫌!!」
若干8歳のこの子の方が、自分などよりずっと大人だ。マーダは少女が危険なことを知っていた。だから2回も自分を止めたのだ。バーサーカーの自分などには敵わない相手、それを知ってるのに自分は少女を追い掛けた。それはあまりにも自殺行為に近く、危険な行為。
そう、自分は怒りと絶望で忘れてしまっていたのだ。誰一人欠けては嫌だ。それは自分とて、欠けてはいけないと言うこと。もっと冷静に考えなきゃいけなかった。自分から挑むだけが方法じゃない。
それに、今更ヨフテの身が心配になった。あんな戦乱の中にヨフテを置いてくるなんて、なんて馬鹿な行為なのだろう。
自分の感情で先走りして、その結果産んだのは最悪の結果ばかりではないか。マーダが来てくれなかったら、自分は間違いなく命を落としていた。
「マーダ…ごめんね…」
シルハは急に自分の行動が恥ずかしくなった。守る力が欲しくて入団したのに守る事すら出来ず、守ると決めた子に守られて。
「ごめんね」
再度謝れば、マーダはやっと笑顔を取り戻す。そのマーダを見てからシルハは少女の方を見た。
「君……"呪術師"…?」
「ほう…貴様、その若さで"呪術師"を知ってるのか」
シルハが問掛ければ、少女は少し驚いた様に目を開き、それから楽しそうに笑った。
「いかにも、私は"呪術師"だ」
やはり、とシルハは思う。先程の念唱を聞いて頭に蘇った記憶。それは森で出会った美女と、美女を魔女に変えた少女が使っていた念唱のタイプと同じだと言うこと。そしてこの少女の回答こそが、先走りした自分が産んだ最も最悪な結果だった。
"呪術師"。それは未知なる存在。自分の様な者が挑むにはまだまだ早すぎる存在だ。
「貴様ら…私と殺し合え」
"呪術師"の少女は、そんなシルハの心境など知らないと言うように、不適な笑みを浮かべた。

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