使えなくなんてないもん
霧掛った朝、男はただ真っ直ぐに丘の上に張ったテントの前で外の様子を伺っていた。
霧が濃いせいで見渡しは良くない。前の開(はだ)けた黒い着流しを身に付け、顎に無精髭を蓄えた男は舌打をすると、テントの中へと入っていった。


―許多なる戦慄と暗澹の涙―



「酷い霧ですね、ザルディ隊長」
男がテントの中へ入ると、中央に設置された机の上に広がった地図に目を落としていた別の男が声を掛けた。
ザルディと呼ばれたテントに入ってきた男は小さく頷いてから苛々した面持ちで大股で机に近付く。机の引き出しを開け、キセルを取り出し、口に銜えた。
「隊長…キセル銜えたって肝心の煙草が切れてるんですから無意味ですよ」
「うるせえな…無い無いでと口が寂しいんだよ」
地図を見ていた男はそんなザルディの様子を見て、困ったような、呆れたような、楽しんでるような、なんとも複雑な顔をしている。ザルディはそれでも構わずキセルを歯の動きで上下に揺らしながら椅子にドカリと座り込んだ。
「畜生…んなに任務が長くなるとは思わなかったぜ…」
もっと酒と煙草持ってくりゃ良かったと溜め息をつくと、その様子を見て地図を見ていた男も溜め息をついた。
「そればっかですね…隊長は。言えば酒と煙草が手に入るわけではないんですよ?」
「うっせえよブラビス。んなのわかってるってんだ」
ブラビスと言う男に、ザルディはたるそうに答えると机の上に足を投げ出す。見ていた地図の上に足を置かれたため、ブラビスは少し眉を潜めた。
「はぁ…早く援護こねぇかなぁ…」
ザルディは椅子の背持たれにダラリと体を預け、天に向かったキセルをまた上下に動かす。地図が見れなくなったブラビスは仕方なくテントの入口まで歩いていき、布を捲って外を見た。
「この霧では…援護の到着も遅れるでしょうね」
数10p先は濃い霧に阻まれ薄暗き真っ白な世界が続く。ザルディも横目で外を見ると、また天井に視線を戻して2本足で立たせた椅子をブラブラと上下に揺らした。
「……ブラビス、リズ呼んでこい」
ザルディの言葉に一回外から視線を外し、ザルディを見るブラビス。明らかにこの霧で外に出たくないと言う顔をしている。
「ブラビス!上司の言うことが聞けねーのか!!呼んでこいってんだよ!!!!」
ザルディはそんなブラビスの顔を見ると、椅子から勢い良く立ち上がり、椅子をぐわりと持ち上げる。完璧に椅子を自分に投げつける準備OKなザルディを見て、ブラビスは青くなりながら急いでテントを出た。
「たく…使えねーな」
そんなブラビスを見て、椅子を戻しながらザルディは呟いた。
「はぁ…えっと…リズのテントは確かこっちらへん…」
外にはこのテント以外にもいくつものテントが張られている。しかし、霧のせいで隣のテントすら見えない状況の中、ブラビスは感覚で歩いていった。
「これだな」
なんとかテントに辿り着くと、ブラビスはテントの住人に声を掛けた。
「リズ、ザルディ隊長が呼んでるぜ」
「あ?今行く」
ブラビスの呼び掛けに直ぐ返事が返ってくると、テントから女性が姿を表した。
赤い着物の丈を切り、かなり足が露出している。袖部も切り取り、胸元を大きく開け、胸に巻いた晒しが丸見えなかなり露出度の高い女性だ。茶色い髪をポニーテールにし、枝下桜の間刺しを差している。
「ザルディ隊長、何の用?」
「知らね、取り合えず呼んでこいって」
「ちっ…。我等が副隊長はんとに使えねぇな」
リズはブラビスに悪態をつくと、濃い霧も気にせずに下駄の音をカラカラと響かせながらズカズカと歩いていく。ブラビスはなんか虚しい気持になりながらリズを見失わない内に駆け足で追い掛けた。

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あきゅろす。
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