双方の糧となれ
―どこにいかれたのですか…?
彼は微かな痛みで目が覚めた。
真っ暗な中で、彼の顔に触れる手が優しくて、目を開けると心配そうに覗き込む彼女の淡い黄緑色の双眸と彼の真紅の眼がかち合った。
「あ、タピス…起きちゃった?」
小声で囁くように呟かれる声に、タピスはまだ覚醒しない頭を頑張って回転させようとする。
「フロウィ…」
「任務報告書出しといたわ。疲れてるんでしょ…?ゆっくり休んで…」
フロウィは寝惚け眼のタピスに優しく微笑みかける。任務を終え、早目に帰還した7番隊。タピスの体調不良を気遣って、フロウィは隊長の仕事である報告書を仕上げ、提出してきたところだった。
「あり…がと」
お礼を言うと、タピスは白いシーツに漆黒の髪を乱したまま、もう一度瞳を閉じる。
だが、直ぐ瞳を開けてフロウィを見た。
「どうしたの…?」
「………いや…」
フロウィは少し首を傾げ、タピスに尋ねる。物言いたげな瞳をしていたタピスは、一回口を開くも、直ぐ目をフロウィから反らし、反動で前髪が顔に落ちてきて表情を隠してしまった。
「…うなされてたわ…。あの夢…見てたの…?」
フロウィはタピスの前髪を優しく祓い、目を背けるタピスの顔を覗き込む。
「…見るな…」
今…泣きそうな顔をしてるから……。
怖い怖い夢を見た。
それは5年前のあの日。
慕っていた隊長が姿を消したあの日。
笑って別れたあの人は、そのまま姿を現すことはなくて…。
「フレット隊長…元気だといいね…」
「元気なら…帰って来るだろ…」
「……そう…だね…」
フロウィは小さく頷くと、タピスを覗き込むのを止め、天井を見つめる。タピスの気持が痛いほどよく分かるから…フロウィはタピスの顔が見れなかった。
美しい顔は今きっと悲しみに染まってるのだろう…。
実の父の様に慕っていた隊長は任務中に姿を消した。
恐らくこの世には居ないだろう。だが彼の死体は見付かってはいないのだ。
もしかしたら――
そんな思いがタピスを5年間も苦しめていた。細やかな希望は、彼の後にウィクレッタを継いだ、少年の心に儚く、しかし重くのしかかっていた。
「……昔…」
「ん?」
ポツリとタピスが言葉を呟く。フロウィは少し顔を近付けて、タピスの言葉を聞き逃さない様に努めた。
強くて美しい青年。
だけど実は少し脆い事をフロウィは知っている。
たまに漏らす弱音をしっかり聞いてあげて、少しでもストレスの捌け口になってあげる事しか出来ないから。
だからフロウィは無言でタピスの紡ぐ言葉の続きを待った。大切な仲間…フォスターで共に過した大切な幼馴染みの重しを少しでも軽くする為に。
「まだバーサーカーに上がりたての頃…あの人に…ステップダンスの基盤を教わったんだ」
「うん…」
「バーサーカーだったのにさ、隊長は付きっきりで俺の修行を見てくれて……お陰で2年で俺はゲルゼールになった…」
はぁっとタピスは溜め息を着く。今にも泣きそうなのかも知れない。フロウィの手に触れた吐息は熱く、途切れ途切れだった。
「……最低なんだ…俺…」
「……どうして?」
タピスは未だフロウィに顔を向けない。何故自分を責めるのか分からず、フロウィは優しく尋ねた。
「…今の俺と隊長を重ねてみて…。今俺こうなったんだって……あの人に心の中で伝えて自己満足して……」
また喋りながら溜め息を漏らす。声がかすれてきていて、フロウィはその声の切なさにシーツを思いきり握り締めた。
「シルハに教えてることであの人と自分を重ねるんだ。こんだけあの人に近付けたとか思ったり…でもまだ遠くて……勝手に切なくなって…さっき思い出して苦しくなって…。情けねぇ」
フロウィはシーツを放すと、無造作に投げられたタピスの手へ優しく自分の手を重ねる。
「タピス…帰ってきてもらって…自分の成長を見て欲しいんだよね?貴方と同等の立場になったって…見て欲しいんだよね…?」
少し震える彼の手を、少女は優しく握り締める。
「その為に…その子を利用してる気がしてならないんだ…」
フロウィの問いにタピスは答えない。ただ彼の握られた拳が、フロウィの掌の中で更に強く握られたので、フロウィはその解を得ることが出来た。
「少なくとも…その子はタピスに修行つけてもらって幸せだと思うよ…?」
フロウィは空いている方の手で、優しく彼の髪を撫でる。艶やかな黒髪はフロウィの手の動きに合わせて優しく揺れた。
「責めることないよ…。その子はタピスに修行してもらって強くなれる。それはその子にとってとても良いことでしょ?タピスのしてる事は自分を満たすだけじゃない…。その子にも有益になるんだよ。そうでしょ?」
その言葉に、タピスはゆっくりと顔を上げ、フロウィを見る。あぁ泣きそうだと滅多に人前では潤まない瞳が潤み、部屋の光でぶれながら輝いている事でフロウィは悟った。
「だから…タピスは悪く無いわ」
「……利用してるのにか…?」
「ふふ、世の中持ちつ持たれつよ」
まだ腑に落ちないと言う表情のタピスにフロウィは目を細めて笑う。普段大人っぽいタピスが無償に子供っぽく見えた。
「…わかんね…」
「大丈夫…。今は分からなくても…その内あなたのしてた事が彼に大きな力を与えてくれる…。その時自分は間違ってなかったって悟れるわ」
フロウィはクスクス笑いながらまた落ちてきたタピスの前髪をかきわける。それから、真っ直ぐにタピスの吸い込まれそうな程澄んだ深紅の眼を見つめた。
「さ、だから気に病まないで休んで…。明日からまた任務なんだから…今日みたいにいきなり倒れたら嫌よ?」
フロウィは少し咎めるように言う。タピスは少し眉間に皺が寄ったが、直ぐに小さく頷いて睫毛の長い瞳を閉じた。疲れているのか、直ぐにタピスからは小さな小さな寝息が聞こえてくる。綺麗な寝顔を見ながら、フロウィは小さく呟いた。
「…シルハ君…か」
窓の外を見ると美しい晴天。顔も知らぬタピスの教え子の存在を想像で思い浮かべながら、フロウィは空をただ見つめた。
この空の下に居る貴方へ
どうか、タピスのした事が貴方の為になりますように…
それが…貴方の力の糧と…タピスの心の糧になりますように…。
フロウィはただただ、大切な…愛しい幼馴染みの為に願い続けた。

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