近付く音
ヴィクナは魔力を練り出すと、呪文を唱え始めた。
「《黒き雨は鮮血に染まる》」
呪文と共にヴィクナの放つ魔力が空高く舞い上がる。舞い上がった魔力は次第に黒く色付き、無数の刺へと姿を変えた。
それは広場の様に拓けた場所から覗く青い空を闇で覆ってしまったかの様。太陽からの光を失った森は薄暗く不気味な雰囲気を蘇らせた。
「貫け!!」
ヴィクナが声を上げるのを合図に、空を覆っていた黒き刺が一斉にイーディテルアへと襲い掛る。イーディテルアは先程吸収したヴィクナの魔力を練りこみだした。
「《我、彼の者を拒絶する》」
呪文と共にイーディテルアの周りの空間が遮断される。見えない壁に当たった刺はそのまま地面に落ち、液体状になって姿を消した。
「あぁ…凄い魔力ね…。使うだけで快感…」
イーディテルアは体を押さえ付けて震える。嬉しそうにカタカタと。
「《我は一人に在らず 無数に蔓延る陰より産まれよ》」
そんなイーディテルアを無視して、ヴィクナは間を開けずに呪文を唱える。
ズズズズズ――
すると、森の奥から何かを引きずるような嫌な音が響く。シルハは背筋が寒くなり、ぞっとする思いがした。
何かを引きずる…いや、自分の体を引きずって手の力だけで前進してくるそれは、森の陰と一体化して形を探ることが出来ない。それは音のみで、ただ確実に3人の元に近付いて来て、逆に恐ろしさを増していた。
「《静かなる恐怖を世に落としたまえ》…゙召喚゙」
ヴィクナの続いた呪文と共に、日の当たる場所まで姿を表す。それは人型をした真っ黒な陰。シルハは模擬戦闘の時のタルットの陰を思い出した。
その陰は歩副前進の状態からユラリと立ち上がる。その際に、地面と体を繋ぐように粘着質な何かが糸を引いた。
「゙陰人(かげびと)シャルア゙!!」
ヴィクナに名を呼ばれ、黒い陰に白く亀裂が入る。
パリーン――
ガラスを割ったような澄んだ音と共に、黒い陰は砕けちり、変わりに陰と同じシルエットを持った女性が出てきた。
灰色の長い髪を毛先で1つにまとめ、色を持たぬ白い肌をした女性。
目の上には金属質な目隠しを付けており、モノクロの衣装を纏っていた。
「シャルア!アイツを頼んだよ」
〈…承知〉
ヴィクナの命令に、シャルアは頷くと、魔力を込めだした。

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あきゅろす。
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