"呪術師"
―ある村にそれは美しい娘がいた。その娘の名は"イーディテルア"。自他共に認める村一番の美女だ。
村人達はイーディテルアを美しいと誉め称え、イーディテルアもまた、自分が誰よりも美しいと信じて疑わなかった。
イーディテルアはある日森に果実を取りに行った。この森にのみ育つ木になる甘く栄養化の高い果実、"サクラン"である。
赤く、桜ん坊に似た外観をしているために、安易に付けた名前だった。
森に入り、果実を取るのは彼女の家では小さい頃からイーディテルアの仕事だった。
イーディテルアは美しい自分が仕事をするのは間違ってると思っていたため、仕事などをしない子供だった。なぜ美しい自分が仕事をしなければならないのか…。それは下々がやることであり、それは美しく、人の上に立つ自分のやることではない、と。彼女は美しいと称えられ過ぎて傲慢に成り下がっていた。
ただ、そんな彼女は果実取りだけは果実を取る自分が絵になるような気がして進んで仕事をしていたのである。自分が美しくあるためなら彼女はなんでもした。
その日も、いつもの様に籠を持って彼女は森へ入った。いつもの道を通り、いつもの実の成る樹へと足を進めた。その時である。イーディテルアが"あの女"と出会ったのは…。
サクランの樹の幹に寄りかかり、ゆったりと休んでいたその女…いや、少女はイーディテルアに負けず劣らず美しい。
イーディテルアは不快感を露にした態度で少女に話し掛けた。
「あなた…見掛けないわね…どこの人?」
少女はイーディテルアの投げ掛けた言葉に顔を上げた。
澄んだ瞳をした少女。イーディテルアはこの時初めて嫉妬を感じた。この澄んだ瞳はイーディテルアには無いものだと思ったからだ。
「初めてあったと言うのに…随分とつっかかる姿勢だな…」
少女も少し眉を潜めて諭すように言う。今までイーディテルアに反論してきた人間などいなかった。だがらイーディテルアはこの時頭に来たのだ。
傲慢な娘は、自分のよりも美しい少女が自分を諭す様が何よりも気に食わなかった。これでは自分が惨めで仕方がない。
「貴方こそ喧嘩腰なのね、随分。まぁいいわ…ねぇ、そこ退いて下さらない?その果実を取るのに邪魔なの」
イーディテルアは髪を払いながら自分の美しさを振り撒く。それは相手を威嚇するように…自分の方が上なのだと。
「…傲慢……。随分我儘に育てられたんのだな。そんなに私が邪魔か?この大きな木なら私がここに居たって果物くらい取れるであろう?」
太い幹に寄りかかりながら少女は手を広げる。傘のように広がった枝になる大量の実。確に少女が幹の側にいようが、果実を取るのになんら問題は無かった。
「煩いわね!邪魔ったら邪魔なのよ!!」
イーディテルア顔を赤らめながら少女に怒鳴りつける。少女はそんなイーディテルアを冷めた目で見つめた。
「愚か…だな…」
少女は小さく呟くと腰を上げ、イーディテルアに尋ねた。
「そなたはそこまでして美しくありたいのか?」

「は?」
少女の突然の問掛けに、イーディテルアは首を傾げる。
「そなたは"美"に固執しているのだろ?美しくありたいのか?」
少女の真っ直ぐな瞳。なぜそんな事が初めて出会った少女に分かるのか疑問でならなかったが、少女が確信を持って話している事がイーディテルアには感じとれた。
その感覚はこの少女の言葉を何故か真に受けさせる。イーディテルアはその問いの返答をしなければならない。そういう心境にさせられた。
「ありたいわ…私は美しく…。いいえ…そうじゃない…私は…美しいの。そう…誰よりも」
イーディテルアは少し震えながら言う。そうだ、自分は美しいのだ。目の前にいる少女などより…。
「そう叫ぶ心が醜いのを理解出来ないのだな」
そんなイーディテルアを見て、少女は感情が感じられない様な淡々とした喋り方で返した。
「私は醜くなんかない…!」
イーディテルアは途端に胸が熱くなる。自分はこんなに美しいのに、どこが醜いものか!と。
「愚かな人間…そなたには"魔女"の名がふさわしい…」
少女はスッと手をイーディテルアに向ける。
「"呪"…《魔食満不(ましょくまんぶ)》」
少女は意味不明な言葉を紡と、イーディテルアの体は何かに吹っ飛ばされ、同時に右掌に熱い物を感じた。
「きゃあ…!!痛っ…」
イーディテルアは地に打ち付けた体を摩り、丸くなりながら上目で少女を睨み付けた。
「そなたに"呪"をくれてやった…。それは人間を魔力を食べなければ生きていけない化け物に変える呪いだ」
少女は冷酷な瞳でイーディテルアを見下す。イーディテルアはその言葉で絶望に顔を染めた。
「魔力を食べればそなたは美しさを維持でき、生きることが出来る。食べなければそなたは美しさを失い、虚しく最期を遂げるだろう」
少女はそういうと、自分の一番近くに成っていたサクランの身をもぐ。
「そなたの体を満たすのは魔力のみ…この実とて、そなたには無味の果実でしかなくなるだろう」
少女はそう言うと、サクランの身を口に放り込んだ。
「な、何言ってるのよ…?」
イーディテルアはこの美しき少女に恐怖を覚えた。訳のわからない戯れ事を言う頭のイカレタ少女。いくら美しくとも、嫉妬にかられ、話し掛けたのは間違いだったとイーディテルアは思った。
不快な上に痛い思いまでして散々だ。
「私はいかれてなどいないよ。イーディア」
少女はそのとき、イーディテルアの心を読んだように返答を返し、また、イーディテルアの事をイーディアと読んだ。
「あ、あなた何者なの…!!?」
イーディテルアは驚愕しながら自分を見下す少女に問掛ける。少女は冷徹な笑みを浮かべると、イーディテルアの問いに答えた。
「私は呪の柵に捕われし者、"呪術師"ラクシミリア。そなたに呪が掛ったのはその右掌の紋章が証拠だ」
ラクシミリアと名乗った少女はイーディテルアの右手を指差す。イーディテルアは未だに熱さの残る掌を見つめると、黒い紋章が刻まれていた。
「そなたの様な人間が愛されるなどと…私は認めない…。憎まれ、恐れられろイーディア…。それが魔女にふさわしい…」
そう言い残すと、ラクシミリアは森の中へと姿を消した。
イーディテルアはしばらくは掌の紋章を見つめ、石みたいに固まっていた。
正気に戻ると吹き飛ばされた時に落とした籠を拾い、果実も取らずに足早にその場を去った。右手をギュッと握りしめ、不安と恐怖で激しく脈打つ心臓を服の上から押さえ付けながら、彼女は村へと急いだ。

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