黒き紋章
「シルハ、下がってな。アタシがやる」
ヴィクナはそう言いながらイーディテルアの方に足を進めた。
「た、隊長!俺も…!」
「任務中にぃ〜。美人さんに現を抜かしちゃうお間抜けさんにはまかせません!」
シルハが止めようとするとピシャリとヴィクナは痛いとこをつく。
「だ、だから違うんですってばぁ〜」
シルハは半泣きになりながら精一杯抗議した。
「とりあえず。まぁ見てなさい!」
ヴィクナは人指し指を突き出してシルハに宣言する。シルハは仕方なく小さく頷いた。
「危険になったら助けに行きますから!」
「ほほぅ。アタシを誰だと思ってる?」
シルハの台詞にヴィクナは不適に微笑む。
「アタシはファンタズマのウィクレッタだよ」
後ろを向き、イーディテルアを見つめる。
いつ終わるか分からなかった会話を詰まらなさそうに見つめていたイーディテルアも、ヴィクナの目が合い妖麗に微笑んだ。
「お話は終わったかしら?」
「おぅ。わざわざ待っててくれてありがとな」
余裕の笑みを浮かべる2人の女。情けなく、1人の男はこの戦いを見守ることにした。
そういえば…
シルハはふと思う。
隊長の戦い見るの初めて…
これは良い機会だ。折角だから見物しながら勉強をすることにした。強い人の戦いは見るだけでも得るものは大きい。
「じゃ、行くよ?」
ヴィクナは右手を上にかざす。
「《三日月の涙は浄化を促す》」
ヴィクナの呪文が響くと、水が何処からともなく溢れだし、勢いよくイーディテルアを流そうと大きく水しぶきをあげながら迫る。
「《真実も言葉によりて虚実となり果てる》」
イーディテルアは歌うように呪文を紡ぐ。すると溢れだしていた水は、イーディテルアの体に触れた瞬間に何事も無かったかの様に消え失せた。
「ひゅ〜。厄介だねぇ」
ヴィクナは一回バック転で後ろに下がり、イーディテルアと距離を置く。
「今度はこっちからいくわね」
イーディテルアは両手を高く広げ、天を見上げた。
「《我の声は鈴の色 それは死神も舞を舞わせる》」
イーディテルアは軽く呪文を紡ぐと、息を吸う。
スウウッと空気を吸う音の後にイーディテルアは息を吐き出しながら声帯を震わせ声を出し。音程をつけていった。
それは歌。この国の言葉ではない、不思議な響きを持つ言葉。
それが"#"の多いメロディーに合わせ、イーディテルアの澄んだ声で神秘的に響きわたる。
「《その者は沈黙を貫く》」
ヴィクナはすかさず呪文を紡ぎ、なんとかその術に填ることを逃れた。しかし…
「あれ?あれれ!?」
シルハは急に体がムズムズしだす。それは長い間同じ体勢を維持できずに、背中がむずかゆくなる時に良く似ている。
とりあえず動きたくて仕方がないのだ。
仕方なくシルハは体を動かそうとする。だが、その動きさえも決められたかの様に何かに操られるかの様に抵抗出来ずにいた。
「なんかやだ―――!!」
シルハはイーディテルアの歌に合わせて体が踊り出す。だがその踊りは神秘的な歌とは裏腹になぜかとても間抜けな物だった。
「ブハハハハ!なんだシルハその踊り!」
ヴィクナは"キタ○タおやじ"の様な踊りを踊るシルハを指差して半分泣きながら爆笑する。
「笑ってないで助けて下さいぃ〜」
どうにもならずに、常にへっぴり腰体勢のシルハは手や足をがむしゃらに動かしながら叫んだ。
その時、シルハが泣き顔から一瞬にして真顔に変わる。
「隊長!!」
「よそ見なんてやぁね」
シルハの叫び声と共に突如耳元でイーディテルアの声がした。
まずい――!
あまりに間抜けなシルハの動きに気をとられ過ぎた。
「《魔魂奏歌》」
短い短い呪文を唱えながらヴィクナの胸元に指を押し合える。
「―っくそ!」
胸元に少々の痛みを感じながらヴィクナはイーディテルアの腕を左手で掴んだ。
少し身を捻って右手でイーディテルアの白いワンピースの胸ぐらを掴むと、そのまま自分の体を前に倒す。
イーディテルアの体はそれに吊られて前にのめり、ヴィクナの体を軸に背中から地面に倒れこんだ。
「せ、背負い投げ…」
一本判定間違いなしな可憐なヴィクナの背負い投げにシルハは目が点になる。あの細い体で良く投げられるものだと感心した。
「痛た…」
イーディテルアは突然襲った背中の痛みに少し顔を歪める。
「でも、これで私の勝ちね…」
ニコリと微笑むイーディテルア。ヴィクナは胸にまだ残る痛みを放つ場所を見つめた。
「何これ…!!?」
指が押し当てられた処に、黒く円形の紋章が刻まれている。ヴィクナもそれがなんなのか知らないらしく、驚きながらその紋章に触れた。
「私の呪よ…クスッ」
イーディテルアは微笑むと、ゆっくりと立ち上がった。
シルハはその様子を見ながら未だに変な踊りを踊り続けていた。

[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!