放たれし刺客
シルハは目の前にした女と目が合うと、蛇に睨まれた蛙状態に陥り、金縛りにあったように硬直していた。
「ねぇ坊や?」
女は立ち上がると、その美しい顔に微笑みを浮かべ、ゆっくりとした足取りでシルハに近付く。
「私と少し遊ばない…?」
真っ赤な唇をにっこりと上に吊り上げる。白い肌に無駄に赤が映えて見えた。
女はその白く細い指でシルハの顔を触れる。そのまま頬に手を滑らせながら自分の顔をシルハに近付けた。
「ま、ちょま!待って…!!!」
突然の事に硬直した体は機能しだし、シルハは手を振りほどいて後ろに下がり、女と距離を置いた。
「アラ?」
その行動に女は不服そうに顔を歪める。逆らったことが気に食わなかったご様子だ。
「あ、あの…貴方はイーディテルア…さん…?」
シルハは手を前に出して、境界線を張るようにしながら女に質問をした。
「アラ…そうよ可愛い坊や…。私はイーディテルア……魔女よ」
イーディテルアは肩にかかった長い髪を手の甲で払いながら妖麗に微笑んだ。
シルハはその微笑みに背筋が凍る。禁止された単独行動の最中に標的と出会してしまったのだ。
「なぜ坊やは…」
スッと足を前に出すと長いワンピースの絹ずれの音がする。シルハはその音にすら敏感に反応し、更に数歩下がって距離を置いた。
「私の事をしっているのかしら…?」
相変わらずの微笑みを浮かべるが、その顔には少し険しさが見て取れる。
「もしかして…」
その顔のまま少しシルハから視線を反らし、森の中を見つめた。
「この森に魔力を持った人が大量に入ってきたのが原因かしら…?」
顔を背けたまま目だけをこちらに向けて睨みつけてくる。シルハは一回目を瞑って深呼吸をすると、目を開けて剣を鞘から抜き取った。
「ファンタズマの者です。村人からの要請で貴方を討伐に来ました。イーディテルアさん」
シルハはしっかりとした口調で事を告げる。イーディテルアは美しい顔を歪めると、シルハを睨み付けた。
「私を…討伐…?」
イーディテルアの気迫にシルハはビリビリと空気が揺れるのを感じる。だが怯むことなく剣を構えた。
「アハハハハハハハハハ」
するとイーディテルアは腹を押さえ、背中を反らせて高笑いをしだす。シルハは驚いて目を見開いた。
「成程ね…。じゃぁその人達を返り討ちにしなくちゃ…」
イーディテルアは笑うのを止めると魔力を練り出す。
「《牙を持つ獣は獲物を捕える》」
呪文と共にイーディテルアから放出された無色透明な魔力は青黒い色を持ち出し、煙の様にイーディテルアの周りに充満する。その煙の様な魔力は形を作り出し、狼のような獣の姿を現す。それも大量に。
「行け」
イーディテルアの短い命令を聞き、一斉に四方八方に散る狼のような魔獣達。素早い動きであっと言う間に、森の暗闇の中に姿を消していった。
「ふぅ…」
大量の魔力を放出し、疲れの色を見せるイーディテルアは少し老けたような気がする。シルハは少し首を傾げながら質問を投げ掛けた。
「あの狼…」
「貴方の仲間を食い殺させる為に放ったのよ」
最後まで質問する前にイーディテルアはシルハの言わんとすることを理解し、答える。その姿は、やはり先程まで放っていた輝かしい美しさが薄れていた。
「魔力が…足りないわ」
うつ向き、嘆くように呟くイーディテルア。あれほどの魔獣を造り出した為に大量の魔力を失っている。ゆっくり顔を上げると、シルハを真っ直ぐに見つめた。
「貴方の魔力をちょうだい…?」
舌で唇を舐める。シルハとかち合うイーディテルアの眼。それは獲物を狙う獣の瞳。
シルハは剣を構えなおすと、イーディテルアとの交戦の準備を整えた。

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あきゅろす。
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