イーディテルア
生い茂る木々が太陽の恵みを完璧に遮るここは真っ暗で不気味な雰囲気を漂わせていた。
ジメジメした湿気が体にまとわりつき気持悪い。だがこの多量の湿気にも慣れたものだ。
女は深き森の切株の上にちょこんと座り込んでいた。
その女は美しい。性別関係なく、誰もか目を奪われるようなその美貌をこの暗く湿った森で振り撒いている。
しかし、女はその美しい顔を退屈の色に染めうつ向いていた。
「おぉ…イーディテルア…何処にいるのだ…」
森の中から男の声が響き、女は待ってましたとばかりに顔を上げると、聞き取れないほどの声で何かを呟く。
その瞬間。その切株からは女の姿は消え去り、そこはもの抜けの空となった。
「イーディテルア…何処にいる!?」
「ここよ、ルテフール」
「おぉ…イーディテルア!!」
いつの間にか男の後ろに姿を現した女。そんな不可思議な事など気にせずに、男は女の姿を見付けると彼女、森の悪魔と称されるイーディテルアに抱きついた。
「ごめんよイーディテルア。寂しかっただろう?」
「寂しかったわ…また…2週間も姿を消すんですもの…」
イーディテルアは男の耳元で囁く。吐息が掛り、男はゾクリと体を震わせた。
「私…寂しくて寂しくて…。しばらくまた居てくれるのでしょう…?」
「あぁ…あぁもちろんだイーディテルア」
イーディテルアの問掛けに男は不気味に頬を紅潮させながら喜ぶ。衰弱し、痩せた頬。イーディテルアは心の中でこの男を嘲笑していた。なんて馬鹿な男なのだろうと…。
イーディテルアはその美しい顔に内面の醜さを浮かべまいと取り繕いながら男に微笑み掛ける。
「いい子ね…ルテフール…」
頭をよしよしと撫でるとイーディテルアは胸元に手を入れ、果実を取り出した。
それは桜ん坊に似た真っ赤な果実。事の始まりのこの森に存在する果物だった。
「ご褒美よ…」
イーディテルアはそれを男に食べさせる。男は嬉しそうにその果実に喰らい付いた。
真っ赤な果汁が男の口から溢る。イーディテルアはそっとその果汁に自身の唇を触れさせ舐めとる。
そのまま男の唇に優しく口付けをした。
ずずずずずず――
途端に気持悪く、何かを吸うような音が響く。女は唇を離し、妖麗に微笑むと、男はプツンと糸が切れた操り人形のようにドサリと地に伏せた。
「貴方の魔力って美味しくないわ…」
女はそう呟くと、クルリと男の前から姿を消した。
その女は先程より更に美しく輝く。まるでスポットライトを浴びるように。この黒く深い森とは女の周りだけ別世界の様だ。それほど女は美しかった。
「イーディテルア…」
別の場所からまた男の声が響く。イーディテルアはその声に心が踊った。
また何かを小さく呟くと、空気に溶けるように姿を消す。瞬時に自分を呼ぶ男の背後へ姿を現した。
「ソルフロス!」
イーディテルアは腕を広げ男の胸に飛込む。男はしっかりイーディテルアを抱き締めた。
「あぁ…ソルフロス…今日も来てくれたのね…」
「当たり前だイーディテルア…キミの為なら」
イーディテルアはその言葉に美しく微笑んだ。
この男はイーディテルアのお気に入り。魔力も上質で美味しく、また顔がかっこいい。
イーディテルアは男の背中に回す腕の力を強め、更に男に密着した。
「毎日来てくれて…嬉しいわ…」
それは先程とは全然違うしおらしい態度。前の男は決して自分から抱きつきなどはしなかった。
「大好きよ…ソルフロス…」
貴方のその魔力が…
イーディテルアは男に見えないように自分の真っ赤な唇を舐める。
男はそんなイーディテルアの心の声など聞こえず、ただひたすらイーディテルアから感じれる温もりによいしれていた。

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