優しさと覚悟
ケイルの部屋を後にして2番隊隊舎に向かっている途中に、ヴィクナはシルハの異変に気付いた。
「どったのシルハ?顔色、悪いよ?」
「わぁっ!」
うつ向き加減に歩くシルハを心配そうに覗き込むヴィクナ。急に視界にヴィクナの顔が飛込んできた為にシルハは驚いて声を上げた。
「何そのお化け見ましたみたいな顔ぉ」
その態度が気に入らなかったのか、ヴィクナは頬を膨らます。その顔がなんか可愛らしくてシルハは思わず吹き出した。
「あ〜!なになに今の!!?失礼〜っ!!」
自分の顔を笑われ、ヴィクナはちょっと顔を赤くしながら怒鳴る。
「す、すいません」
その様も、ちょっとお茶らけているようで何故か笑えた。
「おほん。で?どったのさ、浮かない顔して…」
ヴィクナはまた何か言おうと口を開くが、声を出さぬままにし、咳払いで話を区切ると先程の話題をふってきた。
「え、いや…なんでもないですよ!」
へにゃっと笑顔を作ってシルハは歩き出す。ヴィクナは立ち止まったまま少し首を傾げたが、シルハと手を繋ぐマーダの姿を見たとき、なんとなくシルハが考えていた事がわかり、クスリと小さく笑った。
様はただの迷い。それはマーダを一人にしたくないと思う気持と戦場に出したくないと思う気持の境目でグラグラ不安定な天秤の上で揺れている。それがシルハの表情を自然に暗くさせていた。
「ふぅ〜ん…わかりやすいね」
ヴィクナは更に優しい笑みをつくる。馬鹿みたいに純粋な優しさ。それが機械として扱われていた少年の心を癒したのだろう。
「シ〜ル〜ハ!」
ヴィクナは駆け足でシルハに追い付き、手を思いきり前につき出す。
シルハの背中に勢いよく突き出された手は油断しているシルハの平行感覚を奪うのには十分だった。
「わぁぁっとっとっと!」
驚きバランスを崩しながらも、なんとか倒れない様に重心を起用に変えて足で踏ん張る。マーダはその反動で思いきりこけた。
「痛ぁ〜い!!」
「わぁ!ゴメンマーダ!た、隊長!いいいきなり何するんですか!」
シルハはしゃがんで転んだマーダを助け起こすと、自分のバランスを失わさせた張本人の顔を見上げて尋ねた。いきなりの事にかなり動転している様で言葉を噛んでいる。
「ん〜駄目だねぇ少年」
ヴィクナはニヤニヤしながらそんなシルハを見る。シルハは訳がわからずに首を傾げた。
「マーダに人殺しさせたくないから悩んでたんでしょ!」
ヴィクナは身を屈めるとシルハの鼻先に自分の人差し指を突きつけ、シルハの鼻を軽く潰す。
「ぶっ!な、なんで…」
「『わかったんですか?』バレバレだっちゅーの」
シルハの言葉の続きをピシャリと当て、ヴィクナはニマリと笑みをつくり、逆にシルハは自分って思考が単純なのかと思い、恥ずかしくなって赤面した。
「あのね、シルハ。マーダに人殺しをさせたくないならアンタが守ってやればいい」
更に鼻に強く指を押し付けてヴィクナは真顔で言葉を発した。
「ならアンタがマーダに人殺しをさせない様に全力で努力すればいい。…それだけの事だよ」
ヴィクナはシルハの鼻面から指を離すとにっこりと笑顔をつくる。
「頑張れよ、少年」
笑顔のままシルハの肩をポンと叩くと、ヴィクナは歩み出した。
シルハはしばらくボーッとしたまま空を見上げていたが、はっ!と気付いてヴィクナの方を向く。
「あ、ありがとうございました!」
シルハの声にヴィクナは振り替えると、可愛い笑顔を作る。そして前に向き直ると後ろを振り向く事なく隊舎へと戻っていった。
「…シル兄…?」
何が何だかわからずにマーダはシルハの顔を覗き込みながら目をパチクリさせている。シルハはマーダを見て、優しい笑みを作ると頭を撫でた。
「守ればいい…確にそうだね…」
シルハは呟く。不安定な足元でグラグラと揺れていた心は今は平静を保ち、落ち着いていた。それは迷いの晴れた証。
シルハはもう一度ヴィクナの後ろ姿を見つめる。心を晴らしてくれた少女に感謝をしながら、シルハはあることを口にした。
「隊長って…戦闘時とキャラ違うよなぁ…」
それは切り替えをしているのだろう。仕事と日常を完璧に区別しているだけなのだ。ただ、シルハはやはり思わざるにはいられない。
「普段の方がいいのにな…」
あの優しく茶目っ気たっぷりの少女。可愛らしい少女は任務中は恐ろしく冷酷な人間に変わる。
なんか凄い場所だよなぁ…。今更ながらファンタズマの実態を知り、シルハは恐怖心が芽生える。そうしないと乗り越えられない仕事なのだ。
そう、覚悟が必要な仕事。
「うん…覚悟は決まってるよ」
シルハは呟く。マーダは更に訳がわからずにシルハをただその大きな目で見つめるだけだった。
「行こ。マーダ」
「?うん!」
マーダの手を引き歩くシルハ。小さな手を握りながら守ると固く決意する。それも1つの覚悟。
覚悟の中で生き抜く為に、シルハも覚悟を決めて歩き出した。

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あきゅろす。
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