4タメイキ
『もしもし』
電話口にでたのは予想を反して低音の響きのある声。
‥‥‥ちっ、ややこしいな。
「あー、はよっす」
『おはようございます、だろ』
「はよーございます」
『ちっ、自分の名前すらしっかりいえねぇのは誰かさんの甘ーい教育の賜物かあ』
どうせメモリーで表示が出て分かってるくせに、嫌味っぽくいってくる声にうんざりしながらも相手は上司。一応波がたたないように声を抑えて言う。
「あの、用事が‥‥マネージャーは‥‥」」
『今は面接中だ。話なら俺が聞く』
そう言われて、タイミングが悪かったことに小さく溜息をはく。マネージャーの桂相手ならなんとでも出来ると思ってはいたが‥‥‥相手が悪い。
ましてや、この男の傍にいる男のことを思うと余計に無理な気がしたが一応は言ってみることにした。
「今日、は、少し調子が悪くて‥‥腹も痛えし、出来れば休みたい、なと思って」
なるだけ弱々しい声を出しながら言ってみる。
『‥‥‥熱は』
「いや、熱は微熱程度しかないんすけど‥‥腹が‥‥ちょい昨日のが効いたみたいで」
昨日はしつこいオッサンのお陰で長時間の仕事をこなしている。わかっているならば多少はなんで調子が悪いかとか察してもらえりゃあいいなんて思う。
まあ、嘘だけど。
昨日のはやたらなんでもするのが好きな男で、高いレストランで飯食ったり雰囲気のいいバーに連れていかれたり、引っ張り回されただけ。
やることはといえばしつこい前戲のあとはたいしたテクもないただの作業。
別に身体なんて全然辛くなかったが、ただ。
ただ、仕事とは別のことで心が辛かった。
それだけ。
『‥‥‥ちょっと待ってろ』
それだけ言うと、声が離れ誰かと話をしている声が聞こえる。
もしかして休めっかな。
そんな期待をしながらホッとする。
今日は、いつもの演技をする気分じゃなかった。入ってた予定も手回しして客のほうに嘘を付き、キャンセルにするよう頼んである。
俺の予定は現在真っ白な筈。
そうじゃないとよっぽどじゃないかぎり休むことなんて出来ない。
女の子のデリヘルみたいに好きな時間だけ出勤するなんてこの【GARDEN】には存在しない。
まあ、最初から時間を決めてあれば多少は融通は聞くが、それすら急な予定変更は多大な罰金やらなにやらがついてまわる。
ましてや売上上位者なら尚更。
もちろんその分給料もいいし、顧客も会員制で身分も金もある程度しっかりしている奴らばかり。ただし、そうゆう奴らってのはどこか風変わりだったり変なところをもったやつらが多いけど。
そんな会員制派遣クラブが俺の仕事場。
そうして今、俺は高額な罰金を払ってでも休みたいと電話してるってところ。
電話口の相手はいつもとちがう雰囲気を敏感に感じ取ったのか、考えてくれるようだ。
『いーから電話貸しなよ阿伏兎。‥‥‥もしもし、シキ?』
フイに、先程とは違う若い男の声が聞こえてきて思わず携帯を取り落としそうになる。
「は、はい」
『俺、わかるかな』
「‥‥‥はい、社長」
わかるともさ。
電話口に出たのはこの町の裏側をほぼ締めているんじゃないかっていう男、社長の神威だった。
『今日ねー、緊急でVIP対応の客が入ってね、困ってたんだ。そんなの下っ端に任せれないしナンバー組は予定いっぱいだし。でも大事な紹介だからね、受けといて損はないし。シキは今日予定潰れたんだろ?ならピッタリだよ。要望にもね』
否を言わせない空気。
客に手回ししてることなんてきっととっくに分かってるんだろう。
「‥‥‥分かりました。んじゃ場所と時間は」
『シキならそう言ってくれると思ったよ。ごめんね、具合悪いのに』
全然そんなことをおもっていないだろうに。
きっとあの見るだけなら優しげな、でも何を考えているのかわからない嘘くさい笑みを讃えているんだろう顔が頭に浮かんだ。
「‥‥‥いえ」
『スタートは遅いからそれまではゆっくりしておいでよ。場所は‥‥‥』
結局、休めないことがわかり、電話を切った俺はまた一つ溜息を吐いた。
上質な絨毯。
音が外に漏れない造りの厚い扉の前。
指定されたホテルの一室の前で自分自身をチェックする。
相手がVIP対応ということで、少し質のいい黒のジャケットを羽織った姿でドアの前に立つ。
この瞬間がイマイチ好きになれない。
地位の高い人間は情報を隠したがる。中にいるのがどんな奴なのかわからないのは緊張する。
どうかあんまり変な趣味でありませんように。
一回深呼吸をして、部屋のブザーを押した。
20100719
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