儚く遠く愛おしく。4
微かな衣擦れの音で目が覚めた。
−−−−−晋助?!
夢か現かわからぬままに、体を起こすと、下肢に鋭い痛みが走る。
「痛ッ!」
「無理するな。ちょっとヤリすぎちまったからな」
声のしたほうを見やると、窓を開け、夜風にあたりながら煙管をふかしている晋助の姿が見えた。
口の端でニヤニヤ笑いながらそう言う晋助は、情事のあとなどないかのようにキッチリと着物を着込んでいた。
対する自分は、いつの間にか体は綺麗にしてあったが、寝間着をフワリと体に被せられただけの姿に、気恥ずかしさが襲ってくる。
慌てて袖を通し着込んでいると、晋助がやはり楽しそうに笑った。
「今更だろうがよ。もうたっぷりと見せて貰ったぜ」
「お前だけ着物を着ているのはずるいではないか!」
そう言ってからハッと気付く。
「‥‥‥もう、行くのか」
多分、縋るような顔をしたのかもしれない。
「そうさな。あんまりゆっくりはしてらんねぇなぁ。‥‥でも小太郎、お前ェが行くなっていうんなら、考えないわけでもないぜ」
いつもこんなことをいってはごまかされる。
「行くなといっても、どこにでも勝手に行ってしまうではないか」
昔からそうだ。
先へ先へと自分とは違う道を歩んでいってしまう。いつも、一緒には歩けない。
「まあ、そんな時もあらぁよ。俺ァ、気まぐれだからな。‥‥そういえば、あれ、覚えてるか」
「何がだ」
「お前が何時だったか書いた、七夕の短冊。最後まで悩んで1番びりっけつに書いたヤツ」
「なんだ突然。自分で書いたものくらい覚えておるわ」
フーッと煙りをはき出し、夜空を見上げる晋助は、昔と同じ、勝ち気な少年のあどけない表情に見えて。
そのはかなく切ない姿は
煙りと共に消えてしまうのではないかとおもってしまう。
「願いごとなんざあよぉ、叶うもんじゃねぇな。当たり前にあると思ってた村塾はなくなるし、お前の願いも叶ってねぇし‥‥‥。ああ、銀時は叶ったのか?ククク、あいつぐれぇ簡単なもんにしときゃよかったなあ。なあ、ヅラ」
「俺の夢は叶わないと決まったわけではない!」
少し語気を荒くして言ったことに驚いたのか晋助の顔から笑みが消える。
「‥‥‥小太郎。いっとくが俺は誰にも止められねぇぞ。お前や銀時みたいに生温いことは反吐がでるんだよ」
眼光が鋭くなり、突き刺す。
「‥‥‥お前が、どんな奴であろうと俺の心はいまでも変わらん。同じ道は行けぬが、いつかの先には交わる時も来るかもしれないではないか」
「んな時がくんのは、俺が死んだ時か江戸が無くなった時くれぇなもんだろうよ。‥‥‥もう行くぜ。あと少しで夜も明ける」
脇を通り過ぎようとする晋助の腕を咄嗟に掴む。
「死ぬなんて‥‥いうな。俺は、待っている」
いつか、共に歩める日を。
もう片方の手で頭をポンポンと撫でられ、そっと腕を外し、晋助は去っていく。
もう振り向くことはないだろうと思いながらも、目で追ってしまう自分は女々しいのだろうか。
ふと入口で、晋助は振り向かぬまま、歩みを止めた。
「ヅラァ、俺ァ、お前に笑顔をやるこたあ出来ねェ。こんな性分だからよ。心配させたり怒らせたりくらいだ。それでもお前は‥‥‥俺が好きか?」
「その答えならとうの昔に決まっている。お前は昔からそんな奴だ。そのお前を、俺は好いたのだ。いつまでも変わらぬ」
「お前も、しつけー奴だな。‥‥‥‥また、泣きそうになってたら来てやらあ」
チラリと振り返った顔は、ニヤリといつもの意地悪な笑み浮かべていた。
『大人になってもみんななかよし』
七夕の願いを胸に外を見ると、闇夜に消える蝶がいた。
少なくとも今宵の七夕は一つ願いを叶えている。
愛しい人を遣わしてくれたのだ。
ならば幼き頃の願いも叶う時がくるやもしれぬ。
今はまだ遠い願いかもしれないが。
夢よりもはかなきものは夏の夜の
曉がたの別れなりけり−−−か。
愛しいひとの一夜の温もりをもう一度感じるように、瞳をゆっくりと閉じ、朝方の清らかな空気を吸い込む。
目をあけると、太陽が、暗闇を振り払うかのように輝き始めていた。
終
→あとがき
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