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放課後の時間
青陽 3


 どうも、遠回りをさせられている気がする。
 高校を卒業し、専門学校に進んで二年目。
 俺はこれまでに貯めたアルバイト代をはたいて、中古の車を買った。備え付けのカーナビも、もちろん車と同じ年式だ。
 俺の僅かな貯金では頭金を支払うのが精一杯の現状に、毎月のローン返済を考えると結構高額になるナビのデータ更新は諦めるしかなかった。
 ところが俺は今、その判断が誤りだったと知り、ハンドルを握る手に大量の冷や汗をかいていた。
 この中古のカーナビが、去年の暮れに全線が開通したばかりの真新しい環状自動車道を網羅していないことに、今更ながら気がついたのだ。
 慣れない道だからと、ルート案内通りに走ってきたが、ナビが製造された頃にはまだ工事中だったであろう有料道路には乗らず、一般道を右に左に迂回させられて、このままでは本当に目的地に辿り着けるかどうかも怪しくなってきた。
「くそっ、これじゃ時間に間に合わない」
 画面に表示された時計を横目に、独り言を呟く。
 口の渇きを覚えてペットボトルに手を伸ばしたものの、気の抜けた甘いだけの味に顔をしかめ、すぐにホルダーに戻した。
 突然敦に呼び出されたのは、昨日のことだ。
 会うのは高校卒業以来、初めてだった。
 俺と敦と恭平と遠理。学校帰りによく四人で立ち寄ったハンバーガー屋の座席に、一年三ヶ月振りに向かい合って腰を下ろした敦は、見慣れぬ私服姿に茶色く髪を染め、如何にも大学生らしい風貌に変わっていた。
 ふと、あの柔らかな黒髪も、今頃は色が違っているのだろうかと密かに想う。
 高三の、梅雨の晴れ間の暑かった日。
 俺とのことを恭平にからかわれてから、遠理は俺を避けるようになった。
 もともと無理強いしていた関係とはいえ、相手にその気がなければ続けるのは困難だ。
 遠理と身体を重ねることはこの日を境になくなり、後は数回言葉を交わしたのみで、高校を卒業してからは姿すら見ていない。
 あいつは元気にしているかと、遠理と同じ大学に進学した敦に訊ねてみたかったが、高校時代、俺と遠理が二人きりでいることに良い顔をしなかった敦の反応が読めずに黙っていた。
「これ」
 何の前置きもなく、敦が俺の目の前に一枚の紙切れを差し出す。
 受け取って確認すると、それはロックバンドのライブのチケットだった。
 会場は隣町のアリーナ施設。開演日時は明日の午後六時。
「絶対行くって、今ここで約束しろ。じゃなきゃ渡さない」
 敦が俺の手からチケットをひったくった。
 チケットを見て感じたのは、高校の時に好きだったロックバンドが、この二年足らずの間にアリーナでライブをするくらい有名になったんだという、純粋な喜びだった。
 ボーカルのハスキーな声がお気に入りだった遠理が、俺の片方のイヤホンを取り上げてよく聴いていた、俺達と同世代の若手のバンドだ。
「誰と行くつもりだったか訊かねえの?」
「え?」
 せっかく手にしたチケットを取り上げられても腹もたたず、思い出に耽りながらぼんやりしていると、敦が言った。イライラを隠そうともしていない。
「全く。遠理はこんな煮え切らない男の、一体どこがいいんだか」
 俺は弾かれたように顔をあげた。
 バンドのライブチケットは、通常二枚セットで売られる。だが敦が持っているのは一枚だけだ。
「敦」
 俺が名前を呼ぶと、敦はせっかくの美形を惜しげもなく歪めてみせた。
「この間遠理に、知り合いの女の子を紹介したんだよ。可愛くて、思いやりのある優しい子でさ。二人並ぶと小動物が寄り添ってるみたいで癒されるし、お似合いだと思ったんだ。だけど遠理のやつ、あんないい子を振るんだぜー。もう、信じられんわ。理由は何だと思う?」
 敦はそこで言葉を切り、アイスコーヒーのストローをくわえてズズッと啜る。
 俺は話の続きを辛抱強く待った。
「『昔好きだった人が忘れられない』んだと」
「それって……」
「うちは男子校だったし、俺達いつも四人一緒だったよな。遠理が女の子といるところなんか、見たこともない」
「それは」
「黙れ。あー、もう。知らなかったとはいえ、俺、男同士で気色悪いって、遠理の前で言っちゃったじゃん」
 俺には何も言わせようとせず、敦は頭をかきむしった。
「チケットを譲るのは遠理への罪滅ぼしであって、断じてお前のためじゃないからな。そもそも俺は最初っから、お前が気に入らなかったんだ。先輩達が引退した二年の時、さあこれからレギュラー争いだって矢先に怪我して、あっさり部活辞めやがって。そうかと思えば、俺がバスケに専念するのにちょっと目を離した隙に、俺の大事な親友をめろめろにさせてるし。どんなことだって俺の方が上手(うわて)をいってたはずなのに、なぜか一回もお前に勝った気がしねえんだよ。俺、お前のことが本当に嫌い」
 敦はぞんざいに、俺にチケットを突きつけた。
「嬉しそうな顔するなよ、むかつくな。言っとくけど『昔好きだった』ってだけだからな。お前なんか、のこのこ出かけていって、そんでさっさと振られてしまえ」
 先の見えない高架下の交差点を右折すると、突如左手に、アリーナの大きな丸い屋根が現れた。
「目的地周辺です。これで音声案内を終了します」
 少し遅れて無機質な女性の声が、道案内の終わりを告げる。
 開演まであと十五分。
 西日を受けて赤く光る屋根を目指して、俺はアクセルを深く踏み込んだ。

2014.01.12


初出 『漏れちゃう… んあ!』
R18BLアンソロ企画(twitterアカウント@BL_kitchen) 2014年3月発行

加筆修正 2017.3.15


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あきゅろす。
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