ところが難なく的を貫くかと思われた瞬間、護符がいきなり向きを変えた。 的を見失った矢は虚しく空を切り、弧を描いて板張りの床に突き刺さる。 「はずした!?」 「ああっ!」 俺が呻くのと同時に、代筆屋が絶望的な声を上げた。 向きを変えた護符が、彼らの方へヒラヒラと舞っていったのだ。 近づいてくる札を凝視して、代筆屋の動きが止まっている。 「なにをしている、代筆屋っ! 早く祐一を連れて表へ出ろ!」 次の矢を放とうにも、ここからでは二人に当たりかねない。 風任せに飛ぶ蒲公英の綿毛のような、気儘な護符の動きに翻弄され、俺は悔しさに奥歯をギリッと噛みしめた。 「駄目だ、晴。祐一が動かねえっ!」 俺の叱責に励まされた代筆屋が、祐一の身体を揺さぶるが、彼はピクリとも動かない。 そうだ、先刻から祐一は一言も喋らず、様子がおかしかったのだ。 「祐一、どうした。おい、祐一!」 俺の呼びかけにも反応はない。 しかしこのまま手をこまねいていても、火烏が彼らに近づいていくだけだ。 俺は急いで框へ駆け戻った。 矢が使えないのなら一か八か、弓で叩き落としてみるまでだ。 上手くいけば、二人を逃がすまでの時間稼ぎくらいにはなるだろう。 俺は護符が彼らの所に行き着く前に追いついて、弓を大きく振りかぶった。 今度は狙い通り打ち落とすことができ、ギャッと叫び声を上げた符が再び舞い上がらぬよう、末弭(ウラハズ)で床にきつく押さえつける。 そこで、ホッと息を吐いたのも束の間。 「代筆屋、今のうちに……」 俺は、逃げろという言葉を呑み込んだ。 代筆屋は律儀にも、先刻預けた夕餉の膳を片手に携えたままだ。 それでも空いているもう片方の腕を祐一の首に回して、火烏から庇うように抱きしめている。 祐一に覆い被さり、こちらに背を向けた代筆屋の脇の間から、二つの目が俺をじっとみつめていた。 「ゆう…… いち……?」 *弭(ハズ)… 弓の両端にある凸形状の弦をかける部分。要は弓の先っちょ。上になる方を末弭(ウラハズ)、下になる方を本弭(モトハズ)と呼ぶ。 参照 ウィキペディア ページ一覧へ |