真っ先に護符を探したが、それは矢に貫かれたまま、変わらず柱に刺さっている。 周りに魔物の姿も見当たらない。 「代筆屋。祐一を連れて表に出ろ。なるべく音をたてないように」 「ええ!?」 「シッ! 平気だ、魔物はまだ護符の中にいる。表へ出たら、全速力で母屋まで走れ。あそこまで魔物は追いかけてこない」 「てぇことは、これから魔物があの中から出てきて、俺達を追い回すってことか!?」 飲み込みが早くて助かるよ。 俺は代筆屋の質問に答える代わりに、 「アンタが俺の仕事の邪魔をしに、のこのこ現れるのがいけないんだ。これに懲りたら、もう俺に近付くのは止すんだな」 嫌みでも牽制でもなく、真実を言った。 代筆屋だってこんな目に遭えば、言われなくとも近寄ってはこないだろうけど、まあ念のためだ。 「そんなこと…… そんなこと、言うなよ」 けれど代筆屋から返ってきたのは、俺が予想していたものとは違う応えだった。 「そんな悲しいこと、言うな。お前はこれから先ずっと、魔物だけを相手にして生きていくつもりか」 「……」 だって仕方がないじゃないか。 この町で魔物が見えるのは、俺だけだ。 見て見ぬ振りをすれば、そのうち誰かが食い殺される。 魔物を封じれば感謝はされるが、心の内では恐れられる。 かといって人間を襲う前の魔物に、巣に帰れと話しかければ、それを見ていた人が気味悪がる。 俺が人を寄せつけないんじゃない。 人が俺を避けるんだ。 「俺と祐一は、お前を怖がったりしないじゃないか。晴、一緒に来い。俺達と逃げよう」 「……できない」 「晴!」 代筆屋が声を張り上げる。 今や屋敷中に、キーキーと喚く火烏の鳴き声がこだましていて、怒鳴るように喋らなければ、向き合っているお互いの声さえ聞き取りづらいほどだ。 ぐずぐずしている暇は無かった。 「代筆屋、これを預かってくれ」 俺は抱えていた膳を、彼に押しつける。 「祐一が折角用意してくれた夕餉だ。落とすなよ」 「はあ!?」 押しつけられた膳を反射的に受け取った代筆屋が、素っ頓狂な声を上げたのと同時に俺はもう一度振り返り、柱の根元目掛けて駆け出した。 「あ、晴っ!」 引き止めようとする代筆屋の慌てふためく声が聞こえたが、構わずに走った。 魔物と対峙できるのは、俺だけだ。 代筆屋と祐一がこれから先、恐れずに俺と一緒にいてくれるというなら。 今ここで、火烏をきちんと封印し直さなければならない。 魔物がいなくなったこの屋敷で、彼らとゆっくり晩飯を食べるために。 ページ一覧へ |