鏡は高級品なので、俺は自分の姿を映し見たことなどない。
だから代筆屋の言うように、自分が本当に別嬪さんかどうかは分からない。
けれど美人だろうが不美人だろうが、どうでもいい話だ。
容姿で人間の男を捕まえたって仕方ない。俺が捕まえたいのは、魔物なんだから。
「着物を見せに来ただけなら、もういいだろ。帰れ」
「おや。またお前は綺麗な顔して、つれないことを言うねえ」
代筆屋は再び歌うような口振りで、框に立っている俺に近づいてくる。
と思うが早いか、尻にヒタと手を添えられた。
「こ、この、この……!」
柱に刺さったままの魔物が気になって、注意力が散漫になっていたのは認める。
いつもなら軽く避けられたはずの男の手は、捧げ持った膳の上の汁物を溢すかも知れないと思うと、邪険に振り払うことも叶わない。
「うーん、少し肉が薄いかねえ。晴、きちんと食べてるか?」
遠慮を知らず尻を撫で回す代筆屋に、俺は身を震わせて怒鳴った。
「飯時の邪魔をしてるのは、誰だと思ってんだっ。だからアンタは嫌いなんだ。この、ドスケベ!」
「あはははは」
笑い事じゃない。
とにかくこいつを追い出してしまわなければ、俺は今日の晩飯にもありつけないじゃないか。
「祐一。悪いけど母屋に戻るついでに、この助平を門から叩き出してやってくれないか。ほんとは俺が…… 祐一?」
様子がおかしい。祐一は俺の呼び掛けには応えず、俯いている。
口元だけが、何やら独り言を呟いて、ブツブツと動いていた。
「祐一」
俺がもう一度彼の名を呼んだ時、
「キーー!」
耳につく、鳥の鳴き声。
「何? 何だ何だ、今の、何だ!?」
代筆屋にも聞こえたそれは、巣に帰り損ねた一羽の鷺が、仲間を探して夕闇の空に発する、もの悲しい声にも似ていて。
間違えることなどない、火烏の鳴き声だ。
俺はゆっくりと、後ろを振り返った。
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