大志は突き放した言葉で代筆屋を絶句させると、俺を掴んでいる手に力を込めた。 じっとみつめる眼差しが、無言で行こう、と促している。 今まで人との関わりを避けて生きてきた俺が、名前しか覚えていない背の高い男に触られてちっとも嫌じゃないのは、彼が背比べをして遊んだ黒髪の子供に間違いないからだ。 ずっと昔、孤児院に大志の父親が迎えに来た日。 俺が一緒には行けないと首を横に振ると、 「あなたの背を俺が追い越したら」 柱の傷をみつめて、悔しそうに呟いた大志。 あの時、大人になったら迎えに来るとでも約束したんだっけ。 肝心なところが思い出せないけれど、約束したのなら守らなくてはと、心が揺らぐ。 それに魔物が見える大志と一緒なら、俺はもうひとりぼっちじゃない。 自分の気持ちが固まりかけると、さよならくらい言った方がいい気がして、俺は板の間に座っている代筆屋の様子を窺った。 胡坐をかいた膝の中に祐一を抱え込んだ彼は、もう俺達を見ていない。 代わりに祐一を見下ろして、意識が戻らない彼の頬を撫でたり、乱れた前髪を払ってやりながら、 「祐一、すまねぇ。すまねぇな」 と、しきりに謝っている。 俺はかける言葉を失った。 代筆屋のこんな姿を見るのは初めてだ。 誰も好まない派手な柄物の着物を着て、遊里に出入りする彼。 どれが本音なのか分からない、歌うような口振りで俺をからかう彼。 そんな普段は遊び人然としている代筆屋が、祐一の前では全く違う顔を見せている。 人とはあんなふうに、いろんな表情を持っているものなのか。 いつも朗らかな祐一だって優しい笑顔の裏側では、魔物を引き寄せてしまうほどの嫉妬心に苛まれているように。 今すぐに祐一が目を覚ませばいいのに。 代筆屋に自分があんなに大事に触れられているのを知れば、魔物を呼び寄せてしまうほど嫌な気分も綺麗さっぱり吹き飛んでしまうに違いない。 俺は代筆屋に声をかけるのをやめ、代わりに框の隅に置かれた膳を見た。 すっかり冷めているだろうけど、あれは祐一が俺のために用意してくれた夕餉だ。 代筆屋が火烏に怯まずしっかり持っていてくれたから、汁一滴零れてはいない。 ページ一覧へ |