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封魔師 ―垂天の翼―
其の十二

 感心するあまり、俺はまた隙だらけになっていたらしい。
「晴!」
 低い声で名を叫ばれると同時に、身体を床に押さえつけられる。
 しゃがみこむ刹那、耳元で風の唸りが聞こえた。
 床に膝をついて咄嗟に見上げると、俺の頭があった場所に火烏が鋭い鉤ヅメの痕を三本つけて、飛び去るところだった。
「ギョォー!」
 俺を掴み損なった魔物が、怒りの声を発する。
「護符なら、火烏を封じてから幾らでも見せてやる。言っておくが、親父のへなちょこな札と比べてくれるなよ」
 同じ方向に向き直り、俺の肩を押さえてしゃがみこんだ男が後ろから言った。
「え?」
 思わず振り返ろうとして。
 目線がいった柱の低い位置に、二本の線が引かれているのが目に入った。
 これは火烏の爪で裂かれた痕ではなく、俺が子供の頃、誰かと背比べをしてつけた傷だ。
 孤児院で一緒に暮らしていた子供達は、大抵気味悪がって近づいてこようとはしなかったのに、俺の後ろをいつもついてくる男の子がひとりだけいた。
 小さくて、黒い髪、黒い目の。
「火烏は俺が引きつける。後ろはあなたに任せた」
 男の低い声が早口に言い、俺の肩に置かれていた手の重みが軽くなる。
 あっと思った時には、男は既に柱の陰から飛び出していくところだった。
 その時唐突に頭の中で、俺から離れていく彼の横顔と、黒髪の小さな面影が重なる。
 そうだ、あの子だ。
 柱に背をくっつけて、一緒に背比べをした子。
 年上の俺の方が勿論大きくて、二本の線をみつめながら、
「あなたの背を俺が追い越したら」
 と、悔しそうに言った男の子。
 あの子の名前は――
「――大志!」
 記憶の奥底から手繰り寄せた名を咄嗟に呼ぶと、男の口元がフッと、緩んだように見えた。
 しかし彼はそのまま止まることなく、駆け出していく。
 引き止める間もなかった。
「ギー!」
 隠すもののなくなった大志の背中を狙い、黒い影が後ろを追いかけていく。
「クソッ!」
 あれでは連れ戻すこともできない。



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あきゅろす。
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