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封魔師 ―垂天の翼―
其の十一

 確かに俺は成人した十五の年に、腰まであった髪を短く切った。
 世話になっていた孤児院の、当時の守り人に騙されて、遊郭に売られそうになったからだ。
 そろそろ封魔師として一人立ちしようとしていた矢先の出来事で、長い髪は弓を引くのに邪魔だったということもある。
 十五まで孤児院の外に出る機会の無かった俺の髪が、長かったことを知る人間は、そんなに多くない。
 子供の頃、会ったことがあるか?
 俺はその言葉を呑み込んだ。
 背中合わせになっていて、男の顔は見えなかったけれど。
 美しかったのにと言った男の声の響きが、俺の長かった髪を心底惜しんでくれているようで、あの守り人みたいにいやらしい含み笑いや下卑た目的が感じられず、短く切り揃えた髪から出ている耳朶が、自然に熱くなった。
「お前、魔物が見えるのか」
 俺は言いながら、自分の懐をまさぐる。
 話題を変えなければ、恥ずかしさに身悶えそうだ。
 ところが護符が一枚も残っていないことに気づいて、手が止まった。
 最後の一枚は、この男に抱きあげられたはずみに落としてしまい、少し先の床に矢と一緒に転がっている。
 取りに戻らねばと考えていると、
「ああ、見える」
 はっきりとした応えと共に、肩越しに一枚の札が差し出された。
「これ……」
 朱、碧、翠、緻密で複雑な色とりどりの幾何学模様の中に浮き出た、呪い文字。
 魔物を封じるための護符だった。
「これ、お前が描いたのか?」
 あまりの見事さに、感嘆の声が漏れる。
「お前、回収屋か」
 護符は回収屋が自ら描く。
 それには俺のような封魔師同様、魔物が住む彼方の世界を見聞する能力が必要だ。
 力は生まれた時から身に備わっているもので、屋敷に入ってきた時から火烏が見えているとしか思えない動きをしていたこの男が、回収屋だというのは頷ける。
 それにしても。
 今まで別の回収屋から渡されていた護符は、赤く塗られた円形の陣の中に梵字が並んでいるだけの、単純なものだったのだと理解した俺は、初めて見る手の中の彩色豊かな符に暫し見惚れた。
 これなら中に封じられる魔物も、さぞ居心地が良いだろう。



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