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封魔師 ―垂天の翼―
其の十

「ギィォーー!」
 鋭い咆哮をあげ、俺に向かって飛び降りてくる黒い塊。
 避けられない!
 俺は固く目を閉じる。
 次の瞬間フワリと宙を浮く感覚があり、気がつけば、柱を背にして立っていた。
「怪我はないか」
 先程上だと教えてくれた低い声が、俺に問いかける。
 けれど目を開けても、視界は漆黒の闇に覆われたままだ。
 俺は黒い髪、黒い瞳、黒い作務衣姿の背の高い男に、しっかり抱きしめられていたのだった。
「危ういな。あなたは魔物に肩入れし過ぎる。このままでは彼方に引き込まれて、人の世に帰れなくなるぞ」
「……礼は言う。邪魔だ、そこを退け」
 火烏の餌食になるすんでのところでこの男に抱きあげられ、助けられたのだと理解はしても、心の内を見透かしたようなことを言われれば気分が悪い。
 俺を抱えている手を振り払おうとした刹那、
「ギョォー!」
 火烏が再び奇声をあげ、俺達の間に突っ込んできた。
 今度はそれをすんなりと避け、反転して柱の裏側に回る。
 期せずして、反対側から同じように回り込んできた男と、柱の陰で背中合わせになった。
 この感覚、何処かで。
 いや、そんなはずはない。
 俺はふと浮かんだ考えを、慌てて否定する。
 そんなはず、あるわけないじゃないか。
 俺は成人してから誰にも頼らず、ずっとひとりで生きてきた。
 この世には平気で嘘をつく奴、人を騙しておいて何とも思わない奴、金儲けのためならどんなことでも厭わずする、魔物より恐ろしい人間が大勢いて、一旦隙を見せれば、人が作り出した底無しの闇に引きずり込まれることがある。
 知らない男に気安く背中を預けるなど、できるわけがなかった。
「髪を切ってしまったんだな」
 それなのにこの男ときたら、俺に背を向けたままで言う。
「紫のすみれに白銀の雨が降りかかっているようで、あんなに美しかったのに」
「……」
 それは一体、誰のことだ。



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あきゅろす。
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