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封魔師 ―垂天の翼―
其の九

 祐一の瞳の色は、本来ならば空色だ。
 土筆が土手から顔を出し、雲雀がピピと飛び上がる、あったかな、真っ青な春の空の色をしている。
 それがどうして、今はあんなにどんよりと濁った、生き物も育たない真冬の空の灰色をしているのか。
 訝しみながら彼の様子を窺っていると、突然祐一の口角がニイッと、上がった。
「っ!」
 祐一じゃない!
 俺は動揺して、札を押さえつけている腕の力を緩めてしまった。
 するとそれを待っていたかのように、護符が動く。
 ピリピリと音をたてて端が破れたかと思うと、中から勢い良く黒い塊が飛び出した。
「しまった!」
 火烏がとうとう護符から出てしまったのだ。
「うわっ!」
 俺目掛けて床から跳ね上がった黒い塊を、咄嗟に身を捩ってかわす。間髪を容れず、懐から護符を取り出し矢をつがえた。
 しかし、時既に遅し。
 弓を構えた頃には、火烏の姿は何処にもない。
 護符はもうこれきり一枚だ。
 狙いを外すわけにはいかなかった。
「どこだ……」
 弦に指を掛けたまま右の壁を見、逆の左を見、元に戻って前を向く。
 晩秋の日暮れは気温が一気に下がり肌寒いはずだが、摺り足で進む俺のこめかみをツ、と汗が伝った。
 数歩進んだところで火烏の姿は見当たらず、俺は振り返って同じ動作を繰り返す。
 右、左、前――
「上だ!」
 いきなり引き戸の方から、聞き覚えのない低い声が飛んできた。
 しかしそれが誰かなど、考えている暇はない。
 俺は即座に天井に向かって、弓を構えた。
「ギーッ!」
 魔物の叫び声が、広い離れ屋の空気を震わす。
 火烏は本当は、滅多に人を襲ったりしない大人しい魔物だ。
 闇の中で仲間と肩を寄せ合い、雀のように囀ずっているだけの。
 群れからはぐれたソレを俺が上手く封じてやれなかったばっかりに、ひとり追い回されることになり、恐怖と怒りで我を忘れているだけなんだ。
 俺とおんなじだ、可哀想に。
 そう思った心の隙が、矢を放つ機を遅らせた。



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あきゅろす。
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