恐怖を感じ、息を殺して二人を見ていると、 「おい、中井の弟」 暫く無言で佐々木と睨み合っていた前柴先輩が、突然俺の方を見て言った。 彼の様子は当然のことながら、超絶に不機嫌だ。 「は、はいぃぃ!」 俺は呼ばれて反射的に佐々木に倣い、ピシッと両腕を脇につけて、直立不動のポーズをとった。 「お前、何であんな大きな球が取れないんだ」 「え?」 「ちゃんと球の落ちてくる場所に回り込めてた。目測を誤ったんだったら、もう少し動けばいい。球が落ちた後の、処理の仕方も悪い」 前柴先輩、さっきの俺のエラーを見てたんだ。 どこから? 教室から? そりゃあ、ついこの前まで硬球ボールを握っていた先輩からしてみれば、ソフトボールの球は大きいだろうけど。 もしかして、あんまりへたっぴな俺に我慢ができなくなって、ここまで叱りに来たんだろうか。 そしたら野球部員の佐々木がいたものだから、俺より何でも言い易い佐々木に怒りの矛先が向いたのか。 佐々木は俺のとばっちりを被っているだけなのかも。 俺…… カッコ悪い。 「前柴先輩、ごめ、ごめんなさい。佐々木は何にも悪くないんです。悪いのは俺、です!」 「はぁ? お前、何言って……」 俺を見上げた先輩の眉間には、凄いシワが寄っている。 怒ってる。 先輩、物凄く怒ってる。 どうしていつもこうなんだろう。 前柴先輩には、俺といる時も野球部の人達といる時みたいに、楽しそうに笑っていて欲しい。 それなのに俺と一緒の時の先輩は、いつも不機嫌そうな顔ばかりしていて。 でも、そうさせているのは俺なんだ。 俺ってば、俺ってば…… 「カッコ悪いから見ないで!」 まだ右手に嵌めたままだったグローブで自分の顔を覆い隠すと、これまたまだ履いたままだったスニーカーの踵を返して俺は、 「うわあぁーん!」 と泣きながら、グラウンドへ向かって一目散に駆け出した。 グラウンドから校舎の方へゆっくりと戻りかけていたクラスメート達が、反対方向から走ってくる俺を驚いた顔で見ている。 彼らの横をダッシュで通り過ぎ、暫く走ったところで、俺はそおっと後ろを振り返ってみた。 「あっ、おい、中井の弟!」 さっき昇降口を走って出た時、先輩に呼ばれたような気がしたけど。 でも前柴先輩の姿はどれだけ探しても、グラウンドのどこにも見当たらなかった。 2010.11.19 改訂 2011.01.13 再改訂 2012.07.10 |