ヘタレ攻めから5のお願い
Bカッコ悪いから見ないで 3

 恐怖を感じ、息を殺して二人を見ていると、
「おい、中井の弟」
 暫く無言で佐々木と睨み合っていた前柴先輩が、突然俺の方を見て言った。
 彼の様子は当然のことながら、超絶に不機嫌だ。
「は、はいぃぃ!」
 俺は呼ばれて反射的に佐々木に倣い、ピシッと両腕を脇につけて、直立不動のポーズをとった。
「お前、何であんな大きな球が取れないんだ」
「え?」
「ちゃんと球の落ちてくる場所に回り込めてた。目測を誤ったんだったら、もう少し動けばいい。球が落ちた後の、処理の仕方も悪い」
 前柴先輩、さっきの俺のエラーを見てたんだ。
 どこから?
 教室から?
 そりゃあ、ついこの前まで硬球ボールを握っていた先輩からしてみれば、ソフトボールの球は大きいだろうけど。
 もしかして、あんまりへたっぴな俺に我慢ができなくなって、ここまで叱りに来たんだろうか。
 そしたら野球部員の佐々木がいたものだから、俺より何でも言い易い佐々木に怒りの矛先が向いたのか。
 佐々木は俺のとばっちりを被っているだけなのかも。
 俺……
 カッコ悪い。

「前柴先輩、ごめ、ごめんなさい。佐々木は何にも悪くないんです。悪いのは俺、です!」
「はぁ? お前、何言って……」
 俺を見上げた先輩の眉間には、凄いシワが寄っている。

 怒ってる。
 先輩、物凄く怒ってる。
 どうしていつもこうなんだろう。
 前柴先輩には、俺といる時も野球部の人達といる時みたいに、楽しそうに笑っていて欲しい。
 それなのに俺と一緒の時の先輩は、いつも不機嫌そうな顔ばかりしていて。
 でも、そうさせているのは俺なんだ。

 俺ってば、俺ってば……

「カッコ悪いから見ないで!」
 まだ右手に嵌めたままだったグローブで自分の顔を覆い隠すと、これまたまだ履いたままだったスニーカーの踵を返して俺は、
「うわあぁーん!」
と泣きながら、グラウンドへ向かって一目散に駆け出した。
 グラウンドから校舎の方へゆっくりと戻りかけていたクラスメート達が、反対方向から走ってくる俺を驚いた顔で見ている。
 彼らの横をダッシュで通り過ぎ、暫く走ったところで、俺はそおっと後ろを振り返ってみた。
「あっ、おい、中井の弟!」
 さっき昇降口を走って出た時、先輩に呼ばれたような気がしたけど。
 でも前柴先輩の姿はどれだけ探しても、グラウンドのどこにも見当たらなかった。



2010.11.19
改訂 2011.01.13
再改訂 2012.07.10





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