抵抗も虚しくグイグイと引っ張られ、俺は自分ん家の玄関から前柴先輩の後に続いて、外に出た。 お、お、怒ってる。 先輩、絶対怒ってる! 俺は暗くて狭い路地に連れ込まれ、はたまた、学校の体育館裏に引きずり出される自分を想像してみる。 そしてその想像は、悪い方へ悪い方へと発展していく。 あ、謝ってしまおう、取り敢えず。 昨日言ったことは嘘です、冗談です、ごめんなさい、と。 ……。 ……駄目だ。 嘘は言えない。 俺が先輩のことを好きなのは本当で。 それを自分自身で冗談だと笑い飛ばしてしまったら、ガラス製のマイハートは、きっと粉々に砕け散ってしまう。 「おい、中井の弟」 道路に出てふたりっきりになったところで、ネクタイを後ろ手に握り締めたままの先輩が俺を呼ぶ。 俺は覚悟を決めて、ギュッと目を閉じた。 先輩。 先輩の気が済むまで、俺を殴ってくれていいです。 それでも俺が先輩を好きだと言ったことは、撤回できません。 ごめんなさい、気持ちの悪い思いをさせて。 ごめんね、前柴先輩。 男の俺が男の先輩を好きになって、ほんと、ごめん。 「お前さぁ。せめて携帯の番号ぐらい、教えてから帰れよ」 いつまでたっても飛んでこない拳を不思議に思い、俺がそっと目を開けてみると。 前柴先輩は相変わらず俺のネクタイを後ろ手に握っていて、俺の方は見ずに前を真っ直ぐ向いている。 「一緒に学校行こうと思っても、お前と連絡取れねぇし。玄関チャイム鳴らしても、お前出てきてくんねぇし。おまけに、お前の兄貴には冷やかされるし」 背中を向けている先輩の顔は、俺からは見えない。 けれど目の前にある、短く刈り込まれた髪からあらわになっている先輩の両耳が、赤くなっているのが見えた。 「付き合えって言ったのは、お前の方だろ」 ……? ……え? 「何とか言えよ、こら」 えええっ! 「お、お、お……」 俺なんかで…… いいの? 本当に俺なんかでいいんですか、前柴先輩!? 2010.11.14 改訂 2012.07.09 |