グラウンドを歩いてくるアイツを見ているうちに、ワクワクと膨らんでいた胸の期待は、少しずつ萎んでいった。 こんな気持ちのまま会いたくない。 躾のよくできた犬だと言ったのは、一体誰だろう。あれでは、飼い主を無視して好き勝手に動き回る駄犬と変わらない。 会わないで教室に戻ろうと、後退りを始めた俺に先に気がついたのは、アイツの隣にいた佐々木だった。 佐々木はこの春、野球部に入部してきた一年で、野球が上手く体格にも恵まれていて、部内では一目置かれた存在だ。 ただ、豪快で我が強くワンマンプレーの目立つ佐々木と、細かいことにまで煩く目を光らせ、部員をひとつにまとめようとするキャプテンの俺とは、最初から反りが合わなかった。 嫌な奴と目が合ったなと思っていると、その佐々木が俺が見ているのを知っていて、アイツの肩に手を回した。 これ見よがしに抱き寄せて、耳元に何か囁いている。 佐々木に何か囁かれると、泣きそうな顔をしていたアイツはパッと顔を輝かせて、嬉しそうに笑った。 何だよ、それ。 俺にはそんな笑顔を見せてくれたことなんて、ない癖に。 もし本当に付き合っているのなら、しょぼくれたお前を笑顔にさせるのは、佐々木ではなくて俺の役目の筈だ。 俺の胸に膨らんでいた温かいものが冷たく固まり、胃の辺りにまで落ちてきて、それがまるで身体の重石になってしまったかのように、薄暗い昇降口の先の廊下に立ち尽くしたまま、俺は動くことができなかった。 *** 「名前、呼んでやらないんですね」 今度は俺をきちんと見て、佐々木が言った。 「先輩達、付き合ってるんじゃないんですか」 「アイツがそう言ったのか」 「アイツ…… 中井が、そういうことをペラペラ喋る奴だと、本気で思ってます?」 「……」 「先輩達を見てると、まるで意思の疎通がはかれていない飼い主と犬みたいだ。俺なら、中井をあんな風に好き勝手に走らせたりしない」 「お前には関係無い」 「そうですか? 俺ならもっと上手く、中井の手綱を引けると思うんですけど」 「何……」 「あれじゃあ、先輩も疲れるでしょう。中井だって窮屈そうだ」 ――とてもじゃないですけど、付き合っている恋人同士には見えませんね―― 昇降口に立ち、俺を見下ろす佐々木の唇が、暗がりの中うっすらと横に広がった。 |