ヘタレ攻めから5のお願い
おまけ 前柴先輩side 1


「ね、あそこ。グラウンドにいるの、中井君の弟じゃない?」
 後ろの席の女子が言った。
 四時限目の、現国の授業の時のことだ。
「ホントだ、ゆずる君だ。何、ソフトボールやってるの? やーん、カッコいい」
 と、これは俺の右斜め後ろの女子。
「でも彼、すごいお子ちゃまだって、誰かが言ってたよ」
「いやだ、そこがいいんじゃない、二つ年下なんだし。あたしの言うこと、はい、はいって、何でもきいてくれそうで」

 ……随分勝手なことを言ってくれる。
 アイツがそんなに扱い易い相手なら、誰もこんな苦労はしていない。

 俺は黒板の文字をノートに写す手を一旦休めて、窓の外を眺めた。
 俺の席は南の窓際の列の真ん中で、窓は外のグラウンドに面している。
 気持ち下を覗き込むと、女子が言った通り、アイツがグローブを片手に立っている姿が見えた。
 そういえば、今朝一緒に登校してくる途中で、今日はソフトボールの試合があると言っていたっけ。
 そのまま暫く見ていると、バコーンと二階の俺の教室にまで響く大きな音がして、グラウンドが騒がしくなった。
「センター!」
「おう!」
 掛け声と共に、アイツが立っていた位置から思い切り駆け出す。
 相変わらず足が早い。
 あの球の勢いならホームランだろうと思われた、大きなフライ球に軽々と追いついて、キャッチするために腕を高く上げる。
 ところが目測を誤ったのか、ソフトボールの球はアイツのグローブすれすれを掠めるように飛び越え、少し先の地面に落下した。
 転がっていく球を、呆然と眺めているアイツ。
「何やってんだ、アイツは」
 つい、大きめの声が出た。
「前柴、どうした?」
 俺の独り言を聞き咎めた先生に名指しで呼ばれ、慌てて前に向き直る。
「あ、いえ、何でも……」
 返事をしたところで終業を告げるチャイムが鳴り、俺はガタンと音をさせて椅子から立ち上がると、驚いた顔をしている先生を無視して教室から飛び出した。
 アイツは左利きなんだ。
 だから、グローブを右利きの奴とは逆の手に嵌める。
 それなら球を追いかける時の身体の向きも、右利きの人間とは逆を向かなければならない。
 皆と同じ様に左肩を外側にして右方向に走れば、高く上がった球を見失って当たり前だ。
 野球はやったことがないと言っていたアイツに、教えてやらなければ。
 階段を小走りに降り昇降口へと向かいながら、俺はそればかりを考えていた。




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あきゅろす。
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