先輩は一度視線を床に落とし、暫く考え込んでから、思い切ったように再び俺を見上げて喋り出した。 「俺さ、お前に付き合ってくれって言われて、すげー嬉しかった。それなのにお前は、俺と一緒に学校に行きたがらないし、佐々木とは楽しそうに笑ってるし、わけの分からないことを言ってすぐ走っていっちまうし、何だか俺の想像してた付き合うと違うな、って。もしかして俺が勘違いしてるだけで、お前が言った付き合うってそういう意味じゃなかったのかとか、ずっと不安で……」 「先輩」 彼の顔は真剣で。よく見れば、心細げに俺の目の前に立っている。 野球部のキャプテンとして大勢の部員をまとめ上げ、いつもしっかりしている先輩が、俺と同じ不安を抱えていたなんて。 そしてもうひとつ、俺には分かったことがある。 前柴先輩が眉間に皺を寄せるのって、何も怒っているからだけじゃないんだってこと。 恥ずかしかったり不安になった時に、俺が走って逃げ出すのと同じように、先輩は眉間に皺を寄せるんだ。 俺は、機嫌悪く怖い顔をしている前柴先輩のことを、この時初めて可愛いと思った。 眉を八の字に寄せて大きな瞳で俺を見上げる先輩が、堪らなく愛しい。 それなら俺は、先輩を不安な気持ちのままにさせておいてはいけないんだ。 恥ずかしくても心細くても、もう逃げちゃ駄目なんだ。 「前柴先輩、好きです」 俺は彼をそっと自分の胸の中に抱きしめてみた。 先輩の身体は一瞬ビクッと揺れたけれど、それ以上の抵抗はない。 「先輩、俺と付き合ってください。その…… ちゃんとした意味で。俺、もう誰にも身体を触らせたりしません。走って逃げたりもしませんから。先輩を不安にさせるようなことは、もうしません」 「でもお前、佐々木は」 「さっきから佐々木、佐々木って何ですか? 言っておきますけど、俺かなり嫉妬深いですよ。先輩と仲がいい野球部の人達より、俺の方が立場が上じゃないと嫌ですよ? 先輩の、一番になりたいんですから」 「そんなの、俺だってそうだ。佐々木よりお前の兄貴達より、誰よりも俺が上じゃなきゃ嫌だ。俺も、お前の一番になりたい」 そう言って俺の腕の中で赤くなって俯いている前柴先輩が、可愛くて愛しくて…… ああもう、どうしよう! 「さっきから舞い上がってるとか一番になりたいとか、凄い殺し文句だ」 「っ! 一番は、お前が先に言ったんだろっ!」 「じゃあ、俺をあなたの一番にしてください」 俺は、不満気に眉をしかめた先輩の顔を両手で挟んで上向かせると、彼の唇にそっと自分の唇を押しあてた。 |