「あれ、前柴(マエシバ)先輩? ぐーぜんですねえ」 「やぁ、前柴先輩じゃないですか。今、お帰りですか?」 「前柴先輩の家、確か俺ん家と同じ方向でしたよね。良かったら、このままご一緒しませんか?」 ……違う、違う違う違う! 校門を出て、既に二十分。 一年から三年まで、うちの高校の全ての生徒が集まる昇降口で。 自分の下駄箱からスニーカーを出していたら、帰ろうとしている先輩の姿が目に入ったのは、本当に偶然だ。 この後、中間テスト無事終了を祝ってカラオケにでも行こう、という友達の誘いを、適当な言葉を連ねて断って、俺は急いで先輩の後ろ姿を追いかけ、校門を出た。 それから既に二十分。 俺はまだ先輩にかけるべき気の利いた台詞を探して、ひとり悶々と彼の後ろを歩いている。 俺達二人は同じ速度で歩いているので、つかず離れず、先輩の真っ直ぐに伸びた背中が、五メートルほど先の目の前にあった。 「前柴先輩。いつ拝見しても、惚れ惚れするような綺麗な後ろ姿ですね」 ……駄目じゃん、いつも見てるって。 これじゃあ、ストーカーと思われそう。 どうしよう、どうしよう。 あと十分ほどで、俺の家に着いてしまう。 どうしよう、あと七分で、俺の家に着いてしまう。 どうしよう、あと五分で…… 「はあ」 結局先輩に声がかけられず、俺は諦めて歩くスピードを弛めた。 だってもう俺ん家の屋根が、あそこに見えている。 「はぁ……」 地面に向けてため息をつきながら、トボトボと歩く。 ……ダメじゃん。 ダメダメじゃん、俺。 意気地の無い自分にいい加減嫌気がさして、背中を丸めて俯き、俺はとうとうその場に立ち止まってしまう。 すると地面を見つめている俺の視界に、すっと音もなく、俺のとは別のスニーカーが入ってきた。 よく見ると、立ち止まった状態のそのスニーカーのつま先が、真っ直ぐこちらを向いている。 「?」 不思議に思いながら顔を上げると、真正面に立った前柴先輩が、不機嫌な顔で俺を見上げていた。 「おい、中井の弟! お前、中井の弟だよな!? ずっと俺の後ろをついてきたかと思えば、大きなため息なんかつきやがって。俺に言いたいことがあるなら、さっさと言え!」 「いえ、あの、その……」 「背中が曲がってる!」 「はいいっ!」 先輩に叱られて、シャキーンと背筋を伸ばしたのはいいけれど、突然のことに俺の頭の中は真っ白だ。 真っ白だったけれど、ストーカーだと勘違いされたくない、この人に嫌われたくない、意気地無しだと思われたくないと、強く心の中で願った。 だから、追い詰められた俺の口から飛び出した言葉は。 「前柴先輩! あなたがす、好き、なんです大好きなんです! 俺と付き合ってくださいっ!!」 普段から大きな目を更に大きくして、俺を凝視して固まる先輩。 でも彼以上に俺の方が、自分の告白に驚いてしまったんだ。 俺はガバッと自分の口を両手で塞ぐと。 「い、いやー!!」 くぐもった情けない声を上げ、自分の家の玄関目指して、一目散にその場を逃げ出した。 2010.11.11 改訂 2012.07.09 |