気を取り直した高遠が、亮太と川平の両方に言った。 今まで何ひとつすんなりいった試しの無い自分達に、今回に限ってそう都合の良い話が転がり込んでくるわけがないのだ。 亮太の言った通り“エメラルド”の夜の部の営業時間帯に中学生以下の子供が出演することは、禁じられている。又、バンドの中に16から18才のメンバーがいる場合、演奏できるのは午後11時迄だ。 これは市の青少年育成条例に基づいて決められた“エメラルド”のルールで、いくら常連客のお墨付きを貰っている高遠のバンドでも、規則を破ることはできない。 健全な少年である亮太と晴は、高校生になりレストランの円形ステージに立てる日を、今か今かと首を長くして待っているところだった。 勿論午前の部に出演は可能だが、クラシックやポップス曲の演奏が大半を占める中で、ロックを演るつもりは彼らには無かった。 「いやいや、お前達も一緒にいていいんだよ。その、いてくれないと意味が無いっていうか……」 折角高遠がこの倉庫を貸す気になったのに、川平の返事はどうも歯切れが悪い。 「どういうこと?」 「いや、別に深い意味があって言ってるわけじゃないよ。お前達がまだ“エメラルド”で演奏できないことも承知してる。でもそれならさ、あのステージに立つ前に他所のバンドと仲良くしておくのも、いいんじゃないかな。今のうちに色んなバンドの演奏を聴いておくのも、きっと何かの役に立つと思うんだ」 「オッサン、何を企んでる?」 一生懸命に言う川平を怪しいと踏んだ小笠原が、彼の隣で凄みのある声を出した。 これまで大人達を相手に、人には言えないことをして小遣い稼ぎをしてきた小笠原は用心深くなっていて、大人が無意識にする辻褄の合わないことや、ちょっとした違和感は見逃さない。 自分の知り合いと練習しろという川平の必死さが、どうもおかしかった。 「や、やだなぁ、義光クン。睨まないでくれよ、怖いから」 「……」 「な、何も企んでなんかないさ。お前達こそ、他所の奴と演りたくない理由でもあるのか? 僕は、皆の役に立ちたいだけだ」 「……」 そう言い募ってはみたものの、川平はこの背が高く口の達者な優男のことを、日頃から少し苦手としていた。 いつもはペラペラと良く喋る癖に、今は黙って自分を見下ろすばかりの小笠原に、とうとう彼の心は挫けた。 「分かった。お前達が彼らと一緒に練習してくれるなら、エアコンの修理代はタダにする」 「引き受けましょう」 即答する小笠原。 「ちょっと、義光! アンタまた勝手に…… えっ、彼ら? ひとりじゃないの?」 驚く高遠に、 「ひとりじゃないよ、バンドだって言ったろ? そこの入り口に待たせてあるから、入って貰ってもいいかい?」 川平が言う。 「えっ、もう来てるの?」 小笠原の気が変わらないうちにと、彼は高遠の返事は聞かずに急いで倉庫の入り口に向かって呼び掛けた。 「おおーい、君達。オッケーだって。入っておいで」 川平さんも人が悪い。そこにいるならいると、先に言ってくれればいいのに。 き、聞かれた。完全に聞かれていた、今の自分達の会話を。 どうでもいいとは思ったが一緒に練習などしたくないとはっきり断ったわけではないし、他に都合の悪いことを言った覚えも無いが、高遠はただ何となく気まずかった。 それは相手も同じだったらしく、川平に呼ばれた彼らはペコペコとお辞儀をしながら、低姿勢で倉庫の扉の前に姿を現した。 「あの、すみません。いきなり押し掛けてしまって」 そう言って入ってきたのは、高遠と小笠原より少し年嵩の男性ふたり組だった。 働いているようには見えないから、大学生か専門学校生だろう。お揃いの白のポロシャツの襟を立て、この糞暑い中爽やかに愛想笑いを浮かべる彼らの真っ白い歯が、鉄製の扉に照りつける夏の陽射しを反射してキラリと光る。 「いいえこちらこそ、暑い中お待たせしてしまってすみません」 慌てて出迎えた高遠とふたり組は、倉庫の入り口でお互いにすみません、すみませんとお辞儀を繰り返した。 |