花集ウ 31


◇◆◇◆◇


 ―― 誰の初恋だって、実らないことの方が多いものよ。そうでしょ?
 まぁ、わたしの初恋の物語はまたの機会にすることにして、メンバーが集まってきた時の話を進めるわね。

 小笠原はああ言ったけれど、亮太がうちのバンドでギターが弾けるようになるまでには、結構な時間がかかったわ。
 最初亮太の親御さんは、わたし達の話を聞いてくれようとさえしなかったもの。だけどうちにはもう亮太以外のギタリストは考えられなかったから、バンドを作りたい真剣な気持ちだけでも分かって貰おうと、わたし達は暇を見つけては彼の家に通って玄関先に立ち続けたのよ。
 この時小笠原は臭いがすれば親の心証を損ねるからと、吸っていた煙草をきっぱり止めたわ。
 自分の両親の余りの頑固さに嫌気がさし、家出して小笠原と一緒に練習倉庫に寝泊まりしながらギターを弾くと言い出した亮太を叱りつけたのも、彼だった。正攻法で親を説得して堂々とバンド活動ができなければ、意味が無いって。
 亮太を叱った手前示しをつけなければならなくなった小笠原は、それから夜はきちんと自宅に戻るようになったわ。
 半年経った頃からかしら、わたし達の本気を知った武藤商店の店主をはじめとする“エメラルド”の常連客達が、この話に首を突っ込んできて親御さんの説得に動き出したものだから、一時は大騒ぎになったわね。
 元々自分の子供達にギターを与えたくらいだから、亮太のお父さんは音楽好きでご自分もギターを弾いていたらしくてね、よく演奏を聴きに訪れていた“エメラルド”で顔見知りになった常連さんの言葉はそう無下にもできず、わたし達の話を聞いてくれるようになった時は、それはとても有り難かったわ。
 小笠原は大人達の力を借りることに抵抗があったようだけど、それでもたまに亮太が親御さんに隠れて倉庫に顔を出すじゃない? そうするとわたし達4人はやっぱり我慢ができなくて、曲の練習を始めるわけよ。
 智也さんの行き届いた教育のお陰で亮太は作曲もできたから、小笠原とふたりで曲を作りそれにわたしが日本語の歌詞を、ハルが英語の歌詞をあてて歌っていると、当時防音設備がされていなかった倉庫から漏れる音を聞きつけた武藤さんや他の聴衆が集まってきて、わたし達の演奏を聴いていくのよ。
 亮太の作る曲はUKロックの王道に沿った物が多く、それをハルが北欧訛りのあるイギリス英語と日本語を混ぜて歌うものだから、少し古めのロック音楽が好きな武藤さんのような中年男性は、大喜びしたわね。
 そのうち、
「早く“エメラルド”で演ってくれ」
 とまで言われるようになって、“エメラルド”の常連さんに認められるということが、どんなに凄いことかよく分かっていたわたし達は、今までのように正攻法でと悠長に構えていられなくなってしまったの。
 小笠原はこれが最終手段だと言って、親御さんの前に亮太とハルを並んで立たせ、いつかのように大口開けて泣かせたわ。
 わたしはそんなベタな手が通じるかしらとハラハラして見守っていたんだけど、これは驚くほど効いたわね。
「お前達のような音楽馬鹿にはほとほと呆れた」
 って、とうとう亮太の親御さんが折れたのよ。
 亮太と出会って9ヵ月目、学校が夏休みに入った直後のことだったわ。




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「だからさー、ベースがあった方が音に深みが出るンだってば」
 先程から亮太は高遠と小笠原を前にして、むきになって自分の考えを繰り返していた。
 一昨日から学校は夏休みになった。
 昨日は自分の両親がバンドに入ってギターを弾いてもいいと、渋々ながら承諾してくれた。
 晴れて高遠のバンドメンバーに加わった亮太は今日誰よりも早く練習倉庫にやって来て、他のメンバーを待ち構えていた。
 中学3年になり高校受験を控えた彼は、バンド活動をする代わりの条件として両親から『学業を最優先させること』と、言い渡されていた。




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あきゅろす。
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