「なっ、晴。何もお前まで泣かなくたって」 日頃から甲斐甲斐しく世話を焼いている晴のことが可愛くて仕方無い小笠原は、晴の涙にだけは滅法弱かった。 「ああ、もう」 既に立ち上がっていた彼は、参ったなと頭を掻きながらすぐさまドラムセットから離れ、晴と亮太ふたりの前までやって来た。そして高遠が横からタイミング良く差し出したティッシュを受け取ると、彼らの涙を順番に拭いてやる。 「ほら晴、これでチーン、しなさい。全く、男が人前で大口開けて泣くもんじゃないっての。亮太、お前も泣き止め。声が嗄れちまってる、喉痛めるぞ」 それから小笠原はふたりが泣き止むのを待って、改めて言った。 「亮太、俺の言い方が悪かった。俺はお前を責めてるつもりはないんだ。ギター、止めたくないんだろ? それなら俺達とやらないかって話がしたかったんだ」 「先輩達と?」 亮太は思ってもみなかったこの提案に驚き、訊き返す。 「ああ。話を聞く限りじゃ、お前の両親は今でもあの夜、優太を外出させたことを後悔してる。お前からギターを取り上げようとしてるのも、お前を優太の二の舞にさせたくないからだろ。お前達兄弟は、親から愛されてる。それならまだ見込みがあるってことだ」 「先輩の話は難しすぎて、俺にはよく分かンないよ」 小笠原が指摘した通り、すっかり嗄れてしまった声を振り絞り亮太は言った。 「そうか? まぁ、何て言うか…… 例えばこれが俺の親なら、俺が死んでも泣きはしない。却ってホモの息子を楽に厄介払いできたって、今頃胸を撫で下ろしてるところだろう、って話だ」 「そんなこと」 ない、と続けようとした亮太を小笠原は制した。 「まぁ、聞け。今は俺の親が泣かないからどう、って話じゃない。普通子供を愛してる親ってのはその子の願いは多少無理してでも、叶えてやりたいもんなんだろ? しかもお前の親は、1度お前達がバンドに入ることを許してる。それならお前がギターを弾きたいと必死で頼み込めば、何とかなるかもしれない」 「ホント?」 小笠原の言葉に、亮太は疑わし気に相槌を打った。 「勿論俺だって、そう簡単にいくとは思ってないぞ。ゲイ…… ホモの俺達とバンドを組むってのを了解させるとこが、最大の難関になるだろうな。でもそれならホモじゃない晴もいるし…… ってか亮太、それより先ずお前だ。お前はいいのか、ホモだって分かってる俺達とバンドやるのは」 小笠原のこの質問に亮太は、はっきりとした声で答えた。 「いい。俺、周りの皆がホモは気持ち悪いみたいなこと言うから反論できなかったけど、優兄も智兄も普通の男の人だったよ? ふたりの何が悪いのか、正直今でも分かンない。それより俺は、兄ちゃん達に生きてバンドを続けて欲しかったよ。オガ先輩だってそうだ。お願いだから簡単に死ぬなんて言わないで、先輩の弟と妹を俺と同じ目に遭わせないであげてよ。そンで俺にここで、ギターを弾かせて欲しい。」 「決まりだな」 亮太の真摯な口振りに少なからず感動した小笠原は、満足げに頷いた。そして新しいギタリストを迎えるにあたってバンドリーダーの了承を得る為、高遠を振り返った。 「タカ、どうだ?」 意見を求められた高遠は胸の前で腕を組み、検分するように亮太を睨めつけている。 「ふふん、亮太。アンタはこの倉庫に入って来た時から、随分言い難いことまでズバズバ言う小憎らしいガキンチョよね」 こんな展開になるとは思ってもみなかった亮太は、確かに高遠に失礼なことを言ってしまったと慌てた。 「あ、えっと、ごめんなさい」 「別に謝んなくてもいいわよ、真実なんだし。それでわたしは学習したわ。アンタくらいはっきり物を言う人間じゃないと、うちでやっていくのは無理なのよ。特にこの義光に何か言われても、さっきみたいに向かっていく気の強さと根性がないとね」 |