花集ウ 27

「井上先輩が歌ってたみたいに、バンドの演奏でってこと? 歌えるよ。俺はそっちのがいい」
 晴が先程歌った卒業の歌は、アコースティックギターの伴奏用にアレンジされた、バラード調だった。
 彼は原曲のままの、ロックの方がいいと言う。
 小笠原に返事をした後、リョウは? と晴に目顔で問われて、亮太は答えに困る。
 何も答えられないでいる亮太に、高遠が横から助け船を出した。
「バンドスコア(バンド用の楽譜)ならあるわよ」
「ううん、あの曲なら暗譜してるから、スコアはいらない」
 いらないのだが……
 亮太は迷っていた。
 明日の音楽のテストが終われば、その後はギターを触ることもできないだろう。
 それならこれが最後だからと、気が済むまで思いっきり弾くのがいいのか。
 それともここでセッションなどしてしまえば、弾けなくなってからも今日のことを何度も何度も思い返し、これから先の毎日を未練がましく、辛い気持ちで過ごさなくてはならないのではないか。
 誰の物とも知れないエレキギターを抱えて、もう既に手放せなくなっているというのに。
「亮太」
「リョウ」
「亮太」
 目の前の3人が、自分の名前を熱っぽい声で呼ぶ。
 それは亮太に、優太と智也が自分を呼んでいるような、懐かしい錯覚を起こさせた。
 バンド音楽の楽しさを教えてくれたふたり。
 ギターを弾きながら馬鹿言って笑って騒いで、ずっと一緒にいられるものと、疑ったことすらなかったのに。
 それなのに、もう2度と彼らに会うことはできない。
 あのふたりと最後に交わした言葉は何だったろう? 最後に演奏した曲は?
「分かった、演るよ。……よろしくお願いします」
 覚悟を決めて頭を下げた亮太は、今日初めて会ったこの3人と一緒にギターを弾かなかったことを後悔する人生よりも、弾いたことを後悔する人生を選んだ。



 こうしてボーカルの晴を中心に据え、左隣にギターの亮太、右斜め後ろにキーボードの高遠、晴の真後ろにはドラムの小笠原という配置で4人初めてのバンドセッションが行われた。
 最初、井上の声量に合わせて調節してあったボーカルマイクを使った晴が、スピーカーから出た自分の声のボリュームに驚いて、マイクを取り落とすというアクシデントはあったが、他は初めて合わせたとは思えない程の、素晴らしい出来だった。
 演奏し終わると、高遠と小笠原と亮太は各々の立ち位置から動けぬまま、ハァーッと、気の抜けた長い息を吐いた。
 晴だけはそんな3人を振り返って、
「楽しい、楽しい」
 を連発しながら、ピョンピョンと飛び跳ねている。
 そのうち気を取り直した小笠原が、高遠に言った。
「スゲースゲー、思った通りだ。いや、それ以上だな。タカ、俺達が今までやってきたのって、一体何だったんだ?」
「それを言ったら渡辺と井上に気の毒だわ。さすがは“ハーシーハーシー”の元準メンバー、くらいにしときなさいよ」
「んじゃあ、晴は? 晴は“ハーシー”のメンバーじゃないぜ?」
 小笠原と高遠のはしゃぎぶりは半端ではない。
 今のふたりには、暗く狭く酸素の薄い坑道の奥で坑夫が喘ぎ、もがきながらただの石ころを手にしては落胆し、また石ころを掴んでは落胆しを繰り返し、その果てにとうとう宝石の原石を掘り当てたような、そんな喜びがあった。
「ハハッ」
 はしゃぐ彼らの横で、力無く掠れた亮太の笑い声がする。




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あきゅろす。
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