小笠原の涙を見た亮太は慌てたが、彼の大きな手が自分の頭を押さえているので、逃げ出すこともできない。 「うわっ、よしてよ、よしてよ。やっと晴が泣き止んでくれたのに、今度はお兄さん? 俺、こういうの苦手なんだよ、慣れてないし」 今の自分の気持ちを正直に、でもなるべく明るく聞こえるように言った。 が、 「もし俺がいきなり死んだりしたら、俺の弟や妹もお前と同じ目に遭うのかな」 と小笠原が問い掛けると、亮太の口の端にできかけていた小さな笑みが消える。 そして彼はその問いには答えず、反対に小笠原に訊き返した。 「……お兄さんも、ホモなの?」 「そうだ」 何の迷いもなく小笠原が答えると、 「そう……」 亮太は静かに言った。 「ねぇ、手、どけて」 「ああ、悪い。やっぱ嫌か、触られると気持ち悪いよな」 「ううん、そうじゃなくて」 大きな掌が自分の頭から離れると、亮太は小笠原の身体の向こうにある物を指差して、全く別のことを言った。 「あのエレキギター、弾いてみてもいい?」 小笠原はつられて背後を振り返る。 亮太の指差した先には、1本のエレキギターがスタンドに立て掛けられて置いてあった。それは亮太がこの練習倉庫に来る直前まで、渡辺が弾いていたギターだ。 楽器はどれも、高校生が個人で持つにはかなり高価な代物だ。その為このギターは、高遠がアンプやスピーカーと一緒に譲り受けてから、ずっと倉庫に置いて誰にでも貸し出している物だった。これまで渡辺以外にもバンドに入ってきた何人もの高校生が、代わる代わる弾いていた。 「あら、勿論いいわよ」 一応の所有者である高遠から許可が出ると、亮太の目が輝く。フラフラと吸い寄せられるようにギターに近づき、そっとスタンドから持ち上げた。 「えっと、この型のアンプは先に電源入れて……」 亮太は誰に訊くでもなく、てきぱきとケーブルをアンプに繋ぎツマミを調節し、足元の変換板まで揃えてセッティングを終えると、胸ポケットから取り出したピックで弦をかき鳴らす。 急き立てられるように亮太が鳴らした弦から、スピーカーを通してビヨヨーンと、エレキギター独特の音が出た。 亮太はスピーカーから出たその機械音を聞くと、顎を撫でられた猫のように目を細め気持ち良さげに、 「ああ」 と小さな歓声を上げた。 その後はもう、近くにいる小笠原達など目に入らない様子で身体を揺さぶりながら、夢中になって弾き始めた。 小笠原と高遠は黙って顔を見合わす。 亮太が次々に奏でるメロディーは、ギタリストを志す誰もが1度は上手く弾いてみたいと必ず練習にチャレンジする、イギリスの往年のロックスターの名曲ばかりだった。 皆が知っている有名な曲ばかりだが、よく聞けばコードにアレンジが加わり、ギター初心者が一朝一夕に弾きこなせるレベルのフレーズではないのが分かる。 それを自分達の目の前で、まだ中学校の学ランを着た亮太が夢中になって弾いているのを、ふたりは言葉もなく呆然と見ていた。 すると同じ学ラン姿の晴が、身体の大きな小笠原と高遠を押し退けるように前に躍り出て、亮太のすぐ傍まで寄っていくと、彼と一緒に身体を揺らし頭を振ってリズムに乗り出した。そんな晴を見て亮太は嬉しそうに笑い、彼のピックを操る手の動きが益々ヒートアップする。 「おいおいおいおい」 「あらあらあらあら」 この10ヵ月の間、ずっと倉庫でバンドの練習を見学してきた晴が踊り出すなど、初めてのことだった。 晴に触発されてムズムズしてきたふたりは、どちらからともなく言い出した。 「ねぇ亮太、さっきアンタ達が演った曲、わたし達とセッションしてみない?」 「晴、アコギ(アコースティックギター)じゃなくても歌えるか?」 |