花眺メル 1


 十月のある晴れた日の、爽やかな朝。
 いつもと変わらない登校風景の中に、僕はいつもと変わらない後ろ姿をみつけた。
 同じ学生服を着て同じ目的地に向かう中学生ばかりの通学路では、皆より頭ひとつ分背が高いアイツは結構目立つんだ。
「はよー、松浦」
 急いで追いついて後ろから声をかけると、彼にギロリと睨み下ろされた。

 こ、こわい。
 怖いですよ、松浦大志君。
 目つきが悪いのはいつものことですが、今日は朝から一段とご機嫌斜めなのですね。

 でも僕は、彼が外見に似合わず物凄く律儀な性格なのを知っている。
「お早う、今井」
 今だってこんなに不機嫌そうなのに、朝の挨拶返してくれてるし。


 ここで僕も、挨拶しておこう。
 僕の名前は、今井祐一。(イマイ ユウイチ)
 この近辺の小学生がそのまま持ち上がりで通う、市立S中学の二年生だ。
 目の前の彼は、松浦大志。(マツウラ タイシ)
 松浦が小学五年の終わりがけに転入してきてから、何故か僕らは毎年同じクラスになり、自然に仲良くなった。

 小さいヤツだな。

 それが最初の印象だったのに、どうしたことか彼はあれよあれよという間に大きくなり、今ではクラスの中で一番デカイ。
 僕だって、そんなにチビってわけじゃないんだよ?
 百五十九センチあるんだから、中二男子の平均だ。
 それなのにコイツときたら……
「松浦、今身長何センチだっけ?」
と訊けば、
「百七十三」
 素っ気ない答えが返ってきた。

 ふーん。あっ、そう。

 彼は極端に口数が少ない。話すのはいつも僕。
 どっちかというとお喋りな僕は、素っ気ないながらもきちんと話を聞いてくれる松浦のことを、結構気に入っていた。

 そうやって僕らがたわいもない話をしながら校門を抜けて、昇降口で靴を履き替えていると、
「おはよう、松浦くん」
 鼻にかかった女の子特有の甘えた声が、幾つもかかる。
 これは毎朝の恒例行事。
 そして無口で人付き合いが苦手な松浦にとっては、拷問行事。
 S中学はいわゆるマンモス校というやつで、生徒数は多いし校内も広い。
 三年の先輩や一年の後輩、あとは同学年でも僕らのクラスから教室が離れている女子達は、全校生徒が集まるここ昇降口でしか、松浦に会うチャンスがない。
 だから彼女達は、毎朝彼を待ち伏せしているんだ。
 登校途中には近寄ってこないくせに、女の子って分からない。
 その女子達に、いちいちお早うとかお早うございますとか挨拶を返す松浦を見ていると、あんまりモテるのも大変だよなー、と僕はしみじみ思う。
「今日もカッコいいね」
と、キャーキャー騒がれるのはまだマシな方で、
「あの広い胸に顔をうずめてみたい」
 やら、
「あの形の整った薄い唇で、私の唇を奪ってほしい」
 やらと、聞こえるくらいの小声で毎朝囁かれるのは、女の子に興味があるお年頃の僕でもかなりヒク。

 はいっ、そこのJC達!
 中学生が手を繋ぐ以上の行為をするのは、犯罪ですよ。
 不純異性交遊というのですよ。

 彼女達に心の中でツッコミを入れながら隣をチラリと窺うと、松浦はJC達曰く形の整った唇を、見事にへの字に曲げていた。

 あー、松浦君。
 せっかくのお顔が台無しです。




[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!