花集ウ 25

 しかしこれまでの亮太には、辛いとか悲しいとか自分の気持ちを訴えることのできる場所が、どこにも無かった。兄達の事故死以来面白半分にいい加減な噂が立ち、隣近所からも好奇の目で見られることになった為、両親ですら優太の話は今後一切するなと、家の中で泣くことさえ許されなかったからだ。
 中学では陰湿な仲間外れに遭い、兄と智也を憎むことでやっと心のバランスを保っていた亮太が、自分と兄のために泣いている晴を前にして戸惑ってしまったのも無理はない。
 高遠泣かないでよ、泣かないでよと晴を覗き込みながら、亮太はオロオロするばかりだった。
 そんな彼を見兼ねた小笠原が近寄って来て、しゃがみ込んでいるふたりの横に腰を降ろす。そして泣きじゃくる晴の背中をよしよしと優しく擦りながら、垂れた目尻を亮太に向けた。
「泣かせてやってくれ、亮太。晴の親父さんも去年亡くなってるんだ。家族を失くしたお前の気持ちは、誰よりもこいつが一番良く分かるんじゃないかな」
「高遠のお父さんも?」
 驚いた亮太が問うと、
「ああ。だから親戚のいる日本にまでやって来たってのに、最近デンマークに帰りたいと言ってよく泣くんだ。どうも学校に上手く馴染めなくて、心細いらしい」
 と小笠原が答えた。
「え、そうなの?」
 亮太は2度びっくりする。
 目の前のこのハーフの転入生は、まるでファッション雑誌から抜け出てきたような見た目の華やかさで、学校では人気者だった。教室では常にクラスメイトに囲まれていたし、先生達も彼には甘い。亮太からすれば何不自由ない学校生活を送っているように見える。
 しかしそれは裏を返せば、トイレに行くにもいちいち注目される有名芸能人のようでもあり、日本語が得意でない彼を外国人だからと特別扱いしているようでもあり、転入してきてもう間もなく1年になろうというのに、彼はいつまで経っても周りに溶け込めないでいる“ハーフの転入生”のままなのであった。
 誰からも相手にされずひとりぼっちを我慢していた自分と同じように、彼もまた心細い孤独に耐えていたのだと理解すると、亮太の口からすんなりと慰めの言葉が出た。
「高遠、折角友達になれたのに、デンマークに帰るなんて言わないでよ。ねぇ、今度一緒にハンバーガーショップに行ってくれない? 学校の近くにあるの、知ってる? 俺1度友達と行ってみたかったンだよね。お前ハンバーガー、好き?」
「す…… き」
 鼻を啜り上げながらも晴が返事をしたので、安心した亮太は続けて訊いた。こう訊くには、彼にはかなりの勇気がいった。
「あのさ…… 俺も、お前のこと、晴って呼んでもいい?」
「うん!」
「良かった……」
 今度は即座に元気の良い返事が返ってきたことで、緊張していた心の糸が弛み亮太はやっと笑顔になる。
 そこへ思いも寄らず小笠原の長い腕が延びてきて、大きな掌が亮太の頭をポンポンと軽く叩いた。
「亮太、お前っていい奴なんだな。なぁ、お前を苛めた奴らのことを詳しく教えてくれ。俺が行ってぶん殴ってきてやる」
「え?」
「智也さんが大事な恋人をバイクの後ろに乗せて、信号無視なんかする筈がないんだ。ましてや心中なんて、どっからそんな言葉が。いい加減なことを言いやがって」
「もう…… いいよ」
「よくないだろ。お前は聞きたくないかもしれないが、智也さんは真剣に優太のことが好きだったんだ。それをホモの一言で片付けられて、笑いの対象にされるなんてのは我慢ならない。何も知らない亮太まで苛めるなんて、許せない」
 吐き捨てるように言った小笠原の垂れた目尻から、ポロッと涙が1粒溢れ落ちた。




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