ギターを演奏する場所と、口煩くも音楽のイロハを教えてくれた優太と智也を失った亮太に残ったものは、使わなくなってベッドの下に仕舞い込んであった、中古のアコースティックギター1本と、ふたりが自分の誕生日に贈ってくれてから、肌身離さず学生服の胸ポケットに入れていた、ピックがひとつ。 リーダーとギタリストのいなくなった“ハーシーハーシー”は解散し、今はもうない。 亮太はあの日から1年半の間、周囲の好奇の目に晒されながら話し相手も無くたったひとり、親に隠れてギターの練習をしていたのだった。 ‡‡‡‡ 「だから俺はバンドには入ってないよ、嘘は言ってない」 亮太は小笠原から目を逸らすとブルーシートにしゃがみ込み、肩から降ろしたギターをケースの中に戻して、帰り支度を始めた。 「高遠悪いけど、明日の音楽のテストだけは歌ってよ。俺の親さ、わざわざ学校に電話してテストがホントにあるかどうか、先生に確かめてンだよ。今回だけはギター弾いていいってさ。その後、俺から取り上げるつもりでいるらしいけど」 ケースを見下ろしたままで、亮太は顔を上げられない。 兄達がいなくなり、ひとり隠れて弾いてきたギターを、亮太は今日久し振りに誰かの前で演奏できた。 聴衆は優太と智也と同じ、耳の肥えたバンドマン。隣に立ったボーカルは、飛びっきり歌が上手かった。 誰にも名前を知られることなく世に出ることができなかった、14才のギタリストのさよならコンサートにしては、なかなか立派な舞台だったではないか。 これで、諦められる気がした。 兄が同性愛者でも、大切な人達を失くしても、友達がいなくても、ギターが弾けなくても、生きている人間などこの世の中にはゴロゴロいる。 「ごめん高遠。騙したみたいになっちゃって。俺、全然そんなつもりは…… ねぇ、何泣いてンの」 思い切って上げた亮太の顔は、もう怒ってはおらず。 今まで誰にも聞いてもらえずにひとりで抱え込んできた、怒りなのか悲しみなのか自分でさえ判断不可能なモヤモヤした気持ちを、計らずも小笠原にぶつけたことによって、少しだけすっきりとした顔になっていた。 その亮太の顔が、晴に向けられた途端に苦しそうに歪む。 「ごめん高遠。俺の話、泣くほど嫌だった? 気分悪かったら、もう学校で話しかけてくれなくていいから。あ、友達っていうのも無しね。良く考えたらさ、このお兄さん達がばらさなくたって、ウチのクラスの女子がお前に話さないわけないじゃんね。俺ってバカ……」 「違うっ!」 今度は晴が、大きな声を出す番だった。 晴はポロポロと大粒の涙を溢しながら亮太の前にしゃがみ込み、彼と目の高さを同じにする。 「リョウは俺の友達だっ。友達のお兄さんが死んじゃったって聞いて、泣いたら駄目なのか?!」 「高遠?」 晴の言葉に亮太の顔が、辛いものから驚いたものへと変わる。 「死んじゃってすぐは慌ただしくて何も感じなくても、落ち着いてから突然寂しくなることってあるだろ? あぁもう居ないんだ、絶対会えないんだなぁって。どれだけ会いたいと思ったって、もう会えない。そういう時って、じっとしていられなくて身体が捩れるくらい、辛くて悲しくないか? リョウがひとりでその悲しいのを我慢してたのかと思ったら、俺……」 リョウとお兄さんが可哀想だと、晴はとうとう声を上げて泣き出してしまった。 「ちょっ、高遠、泣かないでよ。えっ、え?」 亮太は慌てた。 言われていることの意味は理解できた。 |