花集ウ 23

 亮太の握りしめた拳が、ブルブルと震えていた。
「五十貝の兄ちゃんは、ホモだって。男と付き合うのを親に反対されて、彼氏と心中したって。こいつもホモなんじゃないの、そのうち一緒に死んでくれって言うかもよ、皆気をつけろよって。そン時俺中1になったばっかで、心中の意味も分からなかった」
 亮太は両手をギュッと握りしめたまま、小笠原を睨みつける。自分の兄を『智也さんの恋人』と呼んだ小笠原に、怒りの矛先が向いたのだった。
「そのお陰で俺は中学に入ってからは、皆から無視されてる。小学校からの友達も近寄って来なくなったし。高遠は途中で転校してきたから、そういうこと何も知らないだろ? だから友達になってくれると思ったのに。何で高遠の前で兄ちゃん達のこと、ばらすんだよ…… バカヤロッ!」
「心中って…… 誰がそんなことを」
 所々掠れた亮太の痛々しい罵りの声を、小笠原は驚いて聞いていた。



‡‡‡‡


 亮太の2つ年上の兄、五十貝優太は、中学2年でロックバンド“ハーシーハーシー”のギタリストになった。
 “ハーシー”のドラムスでリーダーの斉藤智也に、ギターの腕前と人柄に惚れられて是非にとバンドに誘われたのだが、悩んだ末に弟と一緒ならと条件付きで“ハーシー”に加入したのだ。その時まだ小学生だった亮太は、取り敢えず準メンバーという扱いになった。
 優太と亮太はとても仲が良く、おしめが取れる前からギターを抱えていた程のギター馬鹿で、将来は大きなステージで兄弟共演するのが夢だった。
 優太はやんちゃな弟の亮太と違い、長男らしく真面目なしっかりした性格で外見も中身も大人びており、優太の年を知らずにスカウトついでに交際を申し込んだ当の智也も、彼が14だと知った時には驚きを隠せなかった。
 当時“ハーシーハーシー”には面倒見の良い智也を慕って、小笠原のような中学生や高校生も数人出入りしていたが、正式なメンバーは優太の前にいたギター弾きの時で5人、平均年齢19才のロックバンドだった。
 そして“ハーシーハーシー”の名前がレストラン“エメラルド”の入り口にある、今日の出演予定の看板に掲げられると、店が満席になる程に人気があった。
 最初は智也の積極的なアタックに戸惑っていた優太も、バンド活動で同じ時間を過ごすうちに智也に惹かれていったのだろうが、幼い亮太にはそれが分からなかった。優太も智也も1度でも、亮太を邪魔者扱いしたことはなかったから。
 3人はいつも一緒だったが、しかしたまにふたりは亮太に内緒で、そっと出掛けることもあった。
 あの日がそうだった。
 春の、雨が降っていた夜だった。
 出掛けた先で事故に遭い、智也が運転していたバイクが転倒し、後ろに乗っていた優太共々道路に投げ出されて、ふたりは呆気なく死んでしまったのだった。
 優太は中3になったばかり、智也は20歳。
 軽傷で済んだ事故の相手である車の運転手は、オートバイが赤信号で交差点に突っ込んで来たと、証言した。他に事故の目撃者がいなかった為に、智也が信号無視をしたという証言通りに、被疑者死亡のまま事故処理がなされた。
 亮太と両親は死んでしまって初めて、優太が男性と付き合っていたことを知った。両親は葬式を終えたその日のうちに、家にあった優太のエレキギターも楽譜も、音楽に関わる何もかもを、行き場の無い怒りに身を震わせながら捨ててしまった。
 そして亮太は“ハーシーハーシー”を辞めなければならなかった。




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あきゅろす。
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