「嘘つけ。晴の歌にも驚いたが、正直お前のギターにもびっくりだ。中2でそんだけ弾けりゃ、この業界狭いんだぞ、噂くらい耳に入る。俺達がお前を知らないのは、どういうわけだ?」 「そんなのこっちこそ知らないよ。だから俺は、バンドやってないんだってば!」 耳朶を掴んだ小笠原の指にキュッと力が籠り、亮太の目に涙が浮かぶ。それでも亮太は知らぬ存ぜぬを押し通した。 小笠原と亮太に挟まれて身動きできなくなってしまった晴が、とうとう我慢できずに何とかしてと困り顔で高遠に助けを求めるまで、ふたりの不毛な言い合いは続いたのだった。 「お止めなさいよ、義光」 相手はまだガキンチョよと、高遠は小笠原をたしなめるが、 「そのガキンチョが、何だってこんなに強情なんだ? ここで引き下がれるかよ」 小笠原は譲らない。 仕方がないので、高遠は今度は亮太に訊いてみた。 「ねぇ亮太。アンタ、苗字はイソガイって言ったわよね。それって、五十の貝って書くイソガイ?」 「そうだよ。イタッ、ねぇそれより、この人何とかしてよ!」 「アンタもしかして、五十貝優太の弟さんかしら?」 「えっ、兄ちゃんのこと知ってンの?!」 驚いた亮太の動きが止まる。 「うーん、直接の知り合いではないんだけど。アンタがさっき言ってたボーカルの上杉って、上杉真吾でしょ?“ハーシーハーシー”の」 高遠の口から懐かしいロックバンドの名前が出て、これには亮太ではなく小笠原が焦ったように、早口で口を挟んだ。 「それって智也さんとこの?」 「そうね」 という高遠の返事を聞くと、小笠原までもが動きを止めた。 彼が何か別のことを考え始めたので、耳朶を摘まんでいた指の力が弛み、亮太はその隙をついて小笠原から逃れることができたのだが。 「義光、あの時智也さん、わたし達に何て言ってたかしら?」 「忘れるわけないだろ。『義光、タカ、やったぞ! ついに優太がオッケーしてくれた。今度お前達にもあいつを会わせるよ。音楽バカ同士、きっと話が合うぞ』って、あんなに嬉しそうにしていた智也さんを。その優太が、こいつの兄貴?」 「優太の苗字は五十貝だって、智也さん言ってたわ」 「お兄さん達は、智兄のことも知ってンの?」 痛む耳朶を擦りながら、亮太が訊いた。 「この業界は狭いって言ったでしょ。“ハーシーハーシー”の智也さんは、義光のドラムのお師匠さんなのよ」 「そうなんだ…… 俺、知らなかったよ」 亮太の元気な猫のような顔が、俄に曇る。 彼の声までが小さくなってしまったのを、知らなかったことにショックを受けたと勘違いした小笠原が、慰めるように言った。 「そりゃ、知らなくて当たり前だ。俺が智也さんをリスペクトして“ハーシー”に出入りしてたのは、中1の時だぞ。お前はまだ小学生だろ。それに、その頃のギターはまだ優太じゃなかったし。……そうかお前、智也さんの恋人の弟か。世の中って案外狭いのな」 この業界は狭いんだぞと豪語したそばから、何だかおかしなことを言った小笠原だったが、彼の顔は先程までの怖いものとは違い、目が垂れて優しい顔に戻り亮太を見つめている。 その視線が亮太を居心地悪く、不快にさせているとも知らずに。 「何が…… 何が恋人だよっ! 高遠の前で余計なこと言わないで! この倉庫が智兄の知り合いのバンドの練習場だって知ってたら、俺ここには来なかったよっ!」 亮太は、力一杯叫んでいた。 「リョウ?」 急に大きな声を出した自分に晴が驚いて、目を丸くしていることに気がついた亮太だったが、今まで我慢していたものが一旦口から出てしまうと、もう止められなかった。 「優兄も智兄も勝手に死んじゃって、あの後俺がどんだけ迷惑したか、アンタ達知ってンの?!」 |