口を挟むのは無しと念を押したのは自分だが、挟まれないのもそれはそれで居心地が悪い。 この曲は大袈裟ではなく、亮太は今までに何百回と弾いてきた。難しい技巧も無いし、リズムも単調だ。 そして彼の隣にいるボーカルも、良く声が出ていた。 昼間に1度合わせてあったのが効を奏して、サビも上手く盛り上がったし、アタックもリリース(曲の音の終わり)も完璧だった筈だ。 強いて挙げるとすれば、自分の声が出ない為にハモることができなかったのが、亮太には心残りだった。 「あの…… どうだった?」 亮太は恐る恐る、黙ったままの高遠と小笠原に問い掛けてみた。 「どうだったも何も……」 そう言ったきり晴と亮太を見つめたまま、再び押し黙ってしまう小笠原。 その代わりに高遠が、思い切ったように晴に訊ねた。 「ハル、今までわたし達の前で歌おうとしなかったのは、何故?」 「ん?」 晴が、問われた意味がよく分からないという顔をしたので、高遠は別の言い方をした。 「わたし達の前で歌うと、その子の言う通りいろいろ口出しされるから、歌いたくなかったの?」 晴は高遠の質問を理解すると、慌てて両手と首を同時に振る。そんなこと思ってもいない、という感じだ。 「ううん、違うよ違う。俺が歌わなくても、先輩達のバンドにはちゃんとボーカルがいるだろ? 今日はリョウが困ってたから…… 歌ってくれって頼まれたから、歌っただけだよ。俺の知ってる曲だったし」 確かにこの曲は、晴の知っている曲だ。 それは2週間前からついさっきまで、高遠達が文化祭で演奏する為に練習していた曲だったから。晴は毎日飽きることなく、バンドの練習を見ていた。 「それに俺、先輩達が井上先輩に言ってたことを全部注意して、この曲歌ってみたんだけど」 「全部?」 「うん。アタックとリリースだろ。それとサビの盛り上がるとこ。後は長く伸ばすとことか、ハネるとこ。まだあったよね? お昼に教室で1回そうやって歌ってみて、サビの前が何か違うなーと思って歌い方を変えてみたんだけど。やっぱ、おかしかった?」 「いや、ぜんっぜんおかしくない。ていうか、俺は今まで晴みたいに歌う奴に、お目にかかったことがない」 今まで黙っていた小笠原が、力を込めて言った。そう言った彼の目が心なしかキラキラと輝いて見える。 小笠原の興奮した顔を見た亮太が、隣に立っている晴の脇を肘でつつきながら、クスリと笑った。 「お目にかかったことがない、だって。素直にお前の歌は上手いって、言えばいいのに」 「俺の歌、上手い?」 「上手いよ、自覚無いの? 実は俺も学校でお前の歌聞いた時、びっくりしたもん。俺ンとこのボーカルの上杉さんでさえ、この曲高遠みたいには…… あ」 ここまで言って、しまったという顔をした亮太は、慌てて自分の口を掌で塞いだのだが…… 少し、遅かった。 亮太の今の発言を聞き咎めた小笠原が、大股で近寄ってくる。 「な、何だよ。俺、何か言った?」 自分へと真っ直ぐに近寄ってくる小笠原を警戒して、亮太は晴の背中の後ろに隠れるように回り込んだ。しかし背が高い為に、腕のリーチも長い小笠原に簡単に耳朶を掴まれてしまい、悲鳴を上げる。 「イタ、イタタタタ!」 「お前、やっぱりギター弾いてんだな。どこのバンドだ? お前くらい上手いギター弾きなら、俺達が知っててもおかしくない筈だがな」 「ちょっと、痛いって! 放してよ、俺はバンドなんかやってないよ!」 よせばいいのに、亮太は必死の抵抗を試みる。 |