花集ウ 20

 自分達より2つ年下の彼らの冷静な意見にたじろいで、何も言い返せないでいる高遠と小笠原。
 そんな彼らのしおらしい様子に負けて、亮太はつい、いいよ聞いてもと言ってしまう。
「もう、しょうがないな。俺そういう顔されると、弱いんだよね。その代わり、お兄さん達は黙って聞いててよ。途中で口出しするのは無し。俺達まだ1回しか合わせてないんだから」
 彼らがコクコクと頷くのを確認した亮太は、ケースからギターを大事そうに取り出すとストラップを肩に通して、既に立ち上がっていた晴の左隣に並んだ。
 晴と亮太は、高遠と小笠原に向かい合うように立ったことになる。
 亮太が取り出したギターは、アコースティックギターだった。
 楽器屋に行けば、ピックやケースなどとセットで1万円もせずに買える代物だろう。
 良く使い込まれたボディーには、所々剥げや傷が目立つ。それでもピカピカに磨き上げられ、弦も新しい物が張ってある。
 毎日の手入れを欠かさず彼が大事に使っていることを、窺い知ることができた。
 亮太は晴の隣に立ち、ひと息つくと言った。
「昼間言ってたサビの前のとこ、高遠の好きなように歌ってみて。俺、合わせるから」
「ん、分かった」
 ごく簡単な打ち合わせと、最初の1音のキーを鳴らしただけで始めようとするふたりに、恐る恐る小笠原が挙手をした。
「あの…… すみません」
「はい、オガ先輩」
 まだ何もしてないうちから早速言うかと、呆れ顔の亮太に代わり、晴が小笠原を指名する。
「初っぱなから悪ぃ。その…… マイクは使わなくていいのかと、思って」
「俺とリョウは、学校の狭い音楽室でテスト受けるんだから、マイクは使わないんだよ」
「そうなのか」
「それに、高遠にマイクは必要ないと思うよ? お兄さん達、ホントにこいつの歌聞いたことないの?」
 晴の言葉の後を続けた亮太に向かって、無いと彼らが首を振ると、
「それは…… 今まで損してたね。俺は高遠が、お兄さん達のバンドボーカルじゃないことの方に驚いてるよ。でもしょうがないか、灯台下暗しって言うモンね。こいつがお兄さん達の前で歌わなかった気持ちが、俺には分かるしね」
 生意気を言う亮太に反撃もできず、高遠はブルーシートの上に座り直し、小笠原は事務机の上の煙草に手を伸ばした。
 やっと聴衆の準備が出来上がったところで、もう1度亮太がポロロンと始まりの和音を爪弾く。
 亮太に頷く晴。
 そうして、ふたりの演奏が始まった。


****


「―― 義光、義光!」
「んあ?」
 自分の名前を呼ばれていることに、やっと気がついた小笠原が間抜けな返事を返すと、
「アンタ、煙草っ! 灰が落ちるわよ!」
 高遠が慌てて注意してくれたのだが、少し遅かった。
「あっ、うわっ、アチッ!」
 フィルター寸前まで燃え尽きて灰になった煙草の熱さに我に返った小笠原は、急いで灰皿に煙草の残骸を押し潰したのだが。
 煙草の形を保ったままの灰は残念なことに、灰皿に入る直前でポロッと、机の上に落ちた。
「ああっ」
 声は出たものの…… 何というか、呆けてしまって灰を片付ける気にもならない。
 普段の小笠原は几帳面で掃除好きなのだが、この時は灰をそのままにして、おもむろにまだ立ったままの晴と亮太に向き直った。
 呆けていたのは、高遠も同じらしかった。彼はブルーシートにピンと背筋を伸ばして座り、小笠原を見上げている。
「え、ええっと」
 この倉庫にいる4人の中で一番先に口を開いたのは、亮太だった。




[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!