再婚先の家に向かう電車の中で、父親は自分のことを絵描きだと言った。 「絵描き?」 それまでだんまりを決め込んでいたオレから言葉が返ってきたことに気を良くしたのか、父親は続けて言う。 「そういえば、爺さん死んだんだってね」 爺さんとは、どこの爺さんだろうと考えていると、 「ほら、あのド田舎の山の上の、向日葵が沢山咲いている家の。君、少し前にあそこにいたろう? 君を探し回っている間に、親戚から聞かされたよ」 父親はさも大変だったというような顔をして、オレを見た。 「あの爺さんも絵描きだよ。彼は、僕の父親だ。もっとも僕が麓の町の高校に通うためにあの家を出てからは、数えるほどしか会っていないんだけどね」 オレは父親の言葉を、頭の中で何度も反芻する。 この人の言葉は、なかなかオレの頭の中に入ってこなかった。 「僕は爺さんが死んだことさえ知らなかったけれど、君は葬式に出てくれたんだろう? 死に目にあえるなんて、偶然にしても凄いよね。これも血の為せる業なのかな」 同じ言葉を前にも一度、聞いたことがあった。 家の縁側に立っていたお爺さんが、ポツリと呟いた言葉だった。 オレは父親の顔をまじまじとみつめたが、二人の間に重なるような面影は見当たらない。 あのお爺さんがこの人の父親なら、オレにとっては…… お祖父さん? 忘れかけていた感情が胸一杯に広がり、オレは戸惑う。 殆ど口を開かず笑おうともしない、顔だけは自分の息子そっくりな孫のオレを、お祖父さんはどんな気持ちで引き取ったのだろう。 それでもオレのために絵の道具を揃え、学校にも通わせようとしていたということは、あの家でずっとオレと一緒に暮らすつもりだったのだろうか。 無意識のままオレの口はへの字に曲がり、目の前がぼやけて焦点が合わなくなってくる。 自分の顔を父親に見られるのが嫌で、慌てて首を窓の方へ向けた。 父親はそんなオレの様子には気づかず、夢中になって喋り続けている。 「あの人は少しは名の知られた絵描きでね。今までに幾つも賞を貰っている筈だよ。家に賞状や盾が置いてなかったかい? まあこの十年ぐらいは、何も描いていなかったらしいんだけど――」 電車の窓から外を眺めたまま、顔を見ずに父親の声だけ聞いていると、山の上の家にひとりで住んでいたお祖父さんの声が父親の話し声と重なって、カエルの合唱や虫の音と一緒にオレを呼んでいるような気がした。 窓の外を飛び去っていく風景は、ずっと単調で同じようなものだったけれど。 焦点がぼやけてしまっていたオレの目には何も映らず、どんな景色だったのかも記憶にない。 ただ生まれて初めて人を恋しく思い、自分の頬を伝った涙がやけに温かいと感じたことだけは、今でもはっきりと覚えている。 ***** 父親に連れていかれた先で、オレはハルに出会った。 ハルの周囲には色々な音が溢れ、笑いが溢れ、そして何よりも驚く程の優しさが溢れていた。 「タイシ」 と舌足らずに呼ぶ声と、オレに向けられる笑顔が華やかで美しく、それはオレにお祖父さんの家の庭で咲き誇っていた、一面のひまわり畑を思い起こさせた。 それから数年後、ハルがボーカルを務めるロックバンドが出したデビューアルバムのジャケットを飾ったのは、オレが描いたひまわりの花の絵だった。 2009.12.10 改訂2010.04.15 再改訂2011.03.23 再々改訂2012.11.15 *ああっ、すみません(泣)どんだけ暗いお話に…… ほのぼの甘口には程遠く、もはやBLでさえないような。お爺さんと子供てアナタ。そしてもうひとつ、お爺さんが喋っている方言はさなげの全くの耳コピです。何となくあっち方面の言葉ってこんな感じだったかなーと。あっちとは、皆さんが考えたあっちで合っていると思われます(汗)勉強不足で申し訳ございません(__) |