「はいはい。ストップ、ストップ」 一旦演奏を中止させた高遠はできるだけ優しく聞こえるように、ギターを抱えた渡辺に声をかけた。 「ナベちゃん、どうしたのよ。今、つまずくようなとこだった? もう文化祭まで時間が無いんだけど」 「ごめんごめん、高遠。ちょっと、調子が狂った」 言い訳がましく舌を出した渡辺を、彼の背後でドラムスローン(ドラム演奏用のスツール椅子。背もたれはあったりなかったり)に座った小笠原が、フンッと鼻で笑う。 「ハッ、調子が狂えるほどの腕前かよ。晴ばっかボーッと見てんじゃねぇよ、このドスケベ」 「な、何だって!?」 小笠原のきつい言葉に、渡辺が気色ばむ。 「止めなさいよ、アンタ達。ハルの前でみっともない」 そう言って高遠が間に割って入ったことで、言い争いにはならずに済んだのだが、二人共が黙ってしまい、気まずい空気がその場を流れ始める。 「……あーあ、止めた止めた。付き合ってらんねー」 気まずい沈黙に耐えられなくなった小笠原が、ガタン! と大きな音をさせて、太鼓の前から立ち上がった。 小笠原がわざと大きな音をさせて立ち上がったことは、誰がみても明白なのだが、それでもボーカルマイクを握っていた井上の肩がビクッと揺れたのを、高遠は見逃さなかった。 ドラムセットから出てきた小笠原は、晴が座っている事務机の前まで大股で歩いてくると、机の上に置いてあった煙草を片手で掴み、箱を揺すって中から器用に一本だけを取り出す。 そして、小笠原に席を譲ろうと腰を浮かせかけていた晴の動きを、空いているもう片方の手で制すると、煙草に火を点け晴にかからないように気をつけながら、首を回してフーッと煙を吐き出した。 「晴」 「ん?」 「ジュースでも買いに行くか」 「うん!」 自分以外のバンドメンバーが黙ったままなのをいいことに、晴を連れて練習倉庫から出て行こうとする小笠原を、高遠が厳しい声で呼び止める。 「義光」 「何」 「煙草はここで消していって頂戴。アンタ、停学になりたいの?」 「あ、……ああ」 さすがにくわえ煙草のまま行こうとしていたのは無意識だったようで、高遠にたしなめられた小笠原は、素直に灰皿に煙草を押しつけると、晴を連れて外へ出て行く。 その小笠原の急に痩せてしまった後ろ姿を見送りながら、高遠は倉庫に残った二人には聞こえないように、小さくため息を溢した。 小笠原は高校一年のこの時期、生活が荒れていた。 吸う煙草の本数が極端に増え、いつも苛々している。 口が悪いのは生まれた時からだろうが、何が気に食わないのか、今日のようにバンドメンバーに当たり散らすこともしばしばだ。 めっきり笑顔が減り、それに比例して食が細くなり頬もこけて、毎日の食事を用意してくれる泉が心配するほど、元々痩せていた小笠原の身体は、何かの弾みで簡単に二つに折れてしまいそうだった。 今は凍え死ぬ恐れのない季節なので、小笠原は現在のねぐらを練習倉庫に定めていた。 ある日の真夜中、何だか心配になった高遠が倉庫を覗いてみると、高校の制服のままコンクリートの床に寝転がって天井を見上げていた小笠原が、近づいて来た高遠を認めてひと言、 「失恋した」 とポツリと呟いたのは、今からひと月ほど前のことだったか。 「あの…… 高遠君」 言い難そうに自分を呼ぶ井上の声が聞こえたので、高遠は小笠原のことを考えるのを止めにして、二人を振り返った。 |