花集ウ 10

「そうだ、ハル! あいつ、自分のこと高遠って。あれで日本人なのか? それとも高遠ー家って、外国の血が混ざってんの?」
 小笠原はハルに訊きたくても訊けなかったことを、高遠に矢継ぎ早に質問する。
「ハルはハーフよ。高遠は、あの子のお母さんの苗字。うちの父親とあの子の母親は、同い年の従兄弟同士なの。だからわたしとハルは、又従兄弟ってことになるわね。で、そのハルは?」
「ああハルなら、ドラムセットの前に…… あれ、いねえ」
 今までそこにいた筈なのに。小笠原が高遠と泉のことで話し込んでいたのは、ほんの数分のことだ。
「って、ハル! 危ないぞ、戻ってこい!」
 倉庫の中をぐるりと見回して、小笠原は思わず大きな声を上げた。
 ちょっと目を離した隙に、ハルの興味はドラムセットから倉庫の敷地の半分を占めている資材に移ったらしく、ゴチャゴチャと雑多に物が積まれている中の、小笠原がさっきまで座っていた事務机と同じ形の机の上によじ登り、奥にできた隙間に入り込もうと、正に身体を縮ませたところだったのだ。
 それを見た小笠原は、十五の時には既に他人より長かった足を大股で動かし、資材の山に近寄ると、背後からハルの脇に手を入れヒョイと抱き上げる。
「いやーん」
「いやーん、じゃねえ。ハル、こっちは駄目だ。この山は適当に積み上げてあるだけだから、触った衝撃で崩れてくるぞ。可愛い顔に傷でもついたらどうすんだよ。それよりあっちで飯食おうぜ、な?」
 抱え上げられてジタバタともがいていたハルだったが、小笠原が喋り出すと大人しくなり、後ろ向きに抱かれたまま首だけをのけ反らせて、小笠原の口元にじっと見入っている。
 その様子を見て、ああ、とひとり合点がいった小笠原は、高遠に訊ねてみた。
 高遠はコンクリートの床にブルーシートを広げ、適当な大きさの段ボール箱をひっくり返してテーブルの代わりにと、昼食のセッティングを始めたところだった。
「なぁ、タカ。ハルは日本語分かんねぇの? こいつ、日本に住んでんじゃねえのか。ここには冬休みで遊びに来た?」
「ハルはずっとデンマークに住んでいたのよ。でも今年の秋に、デンマーク人のお父さんが亡くなってね、それでお母さんと二人で日本に帰って来たの。つい三日前のことよ」
「そうなのか、親父さんが…… まだこんなに小さいのに、気の毒だな」
 小笠原は広げたブルーシートの上にハルを降ろしてやると、
「よし。じゃ、食おうぜ」
 しんみりした話は苦手だと、景気づけるように元気良く言って、盆の上に載ったサンドイッチに手を伸ばした。
 するとすかさず高遠が、小笠原の手をペチッと叩き払う。
「ってぇな」
「いただきますがまだよ。手も拭いてないし」
 礼儀作法に煩い高遠は、用意してあったおしぼりを小笠原に渡しながら、にこりとして言った。
「アンタがハルを小さいと思うのなら、この国の礼儀作法を教えるのに協力して頂戴。それと、この子は日本語は大体分かるわよ」
「え、でも」
「教科書通りの日本語ならね。わたし達だってそうでしょ? 学校で習う英語と、実際に現地の人が喋る言葉は違うわよね。アンタみたいにバリバリのスラングじゃ、ハルには理解できなくて当然よ」
 そういうモンなのかと納得して、小笠原は隣に座らせたハルに向き直り、話しかけてみる。
「ハル、俺…… わたしの名前は、小笠原です」
「ん?」
「いや、ん? じゃなくて。言ってみな……  言ってみてください。おがさわら」
「おらさわが」
「違ぇ…… 違いますよ。おがさわら」
「おわらさが」
「難しいですか? お、が、さ、わ、ら」
「おがわらさー」
「あー、南の島の方言みたいになっちまっ…… なってしまいましたね」
 ああ、まだるっこしい。
 正しい日本語を話すことが、こんなに大変だったとは。




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あきゅろす。
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