花集ウ 8

 気持ちつり上がり気味ではあるが、大きくて丸い二つの目。
 ふわふわの巻き毛は、額と両頬にふんわりとかかっていて。
 逆光になった真冬の弱い陽の光に透かされて、髪の毛はウーロン茶色より淡い茶色。瞳も同色に見える。
 明らかに、外国人の子供だった。
 小笠原は子供とたっぷり何十秒か見つめ合った後、それきりちっとも中に入って来ようとしない様子に痺れを切らし、
「お前、昨日の子だよな」
 声をかけてみる。
 小笠原の問いかけに返事が無かったので、もう一度、
「寒いから、扉を閉めて中に入って来いよ」
 と誘ったが、二つの丸い目は瞬きを繰り返すのみだ。
 あれ、日本語分かんねえのかな。昨日タカと喋ってなかったっけ?
 俺だって英語なんて話せねえぞと慌てた小笠原は、取り敢えずこいつを中に入れてしまおうと手招きをするために、自分の右手を顔の辺りまで持ち上げた。
 そして掌を下にしたまま手招きしようとして、そう言えば日本人のこっちへ来いは、外国人にとってはあっちへ行けの合図だと何かで読んだ記憶が蘇り、掌をひっくり返して上に向けると、親指以外の四本の指先をクイックイッと、動かしてみる。
 すると、
「お、来た来た」
 さっきまでため息をついていたというのに、俺は何がこんなに嬉しいんだろうと自分を訝しみながら、子供が自分の方へ走り寄って来るのを確認した小笠原の口元が綻んでいる。
 改めて近くに来た子を良く観察すれば、
「こりゃまた、凄い別嬪さんだな」
 知らず、小笠原の口から感嘆の言葉が溢れた。
 遠目に見てもこの子が可愛らしいのは分かっていたのだが、近くで見るとその顔は完璧なまでに整っていて、可愛いというよりは美しいと言った方が正しかった。
 外国の有名な教会の壁画に描かれている天使のような。
 それとも、美術館に展示されている大理石の女神像のような、と言ったらいいか。
 しかしそれよりも小笠原の心を最も惹きつけたのは、笑顔であった。
 小笠原から手が届く位置まで近づいて来た子供が、自分を見上げて無防備ににこっと微笑んだ時、彼は思わず息を呑んだ。
 その顔は笑顔になると、絵画や彫刻のように無機質な冷たい美しさではなく、確かに血が通っていることを証明してみせる、温かく華やいだ可愛らしいものに変化する。
 まるで、そこにだけ色とりどりのスポットライトが当たっているかのようで、目が離せない。
「お前幾つ?」
 小笠原は、少し上ずった声で訊ねた。
 傍に来て分かったのだが、この子は思ったよりも身長が高い。
 中学で小笠原と同じクラスの小さめの女子と、そう変わらない気がする。
 自分と似たような年かとも思うが、小笠原の質問をまたまた無視して、事務机の上に置いてあるパソコンや灰皿の中の煙草の吸い殻を覗き込んだかと思うと、今度は反対側にあるドラムセットに興味津々で近寄っていくこの落ち着きの無さは、どう考えても小学生だろう。
 白人の子供はアジア人より大人びて見えると言うし、身体も大きいだろうから、年は十才くらいかなと当たりをつけ、今度は、
「お前、名前は?」
 と質問を変えてみる。
 これには反応があった。
 ドラムセットの前で立ち止まりじっと見つめていた子供が、小笠原を振り返って初めて声を出したのだ。
「ナマエ?」
「そう。あー、ユア、ネーム」
 反応が返ってきたことに嬉しくなってしまい、小笠原の口から発音の悪い英語まで飛び出した。
「ハル。ハル・タカトー」




[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!