花集ウ 7

 今は自分に懐いている弟妹もじきに大きくなり、両親が何故兄を疎ましく扱っているのか、知る日がくるだろう。
 そうなる前に何とか音楽で身を立てられないものかと、小笠原は考えていた。
 仕事で家を出ることになるなら、さすがに幼い双子も納得するだろうし、自分の作った曲が世間でヒットすれば両親の気も変わって、ひとりの人間として認めてくれるかもしれない。
 俺は焦り過ぎかな。
 愛用のドラムセットを前にしても練習する気が起きず、小笠原は倉庫の中でぼんやりしていた。
 昨日高遠は、自分達はまだ中学生だと言った。
 確かにその通りだ。
 幾ら両親とぎくしゃくした関係でも、結局のところ今の小笠原の年令では、親に食わせてもらい学校に通う他に、生きていく術はない。
 中学を卒業したら働こうかと考えていたら、世間体を気にした両親に、高校には行ってくれと頼まれた。
 それならそれであと三年、遠慮無く親の脛にかじりついて、自由になる時間は全てバンド活動に充てられると、T高への進学を決めたのだったが。
 冬休み前にあった中学の保護者面談で、
「小笠原君なら、J学園にだって行けますよ」
 クラス担任が、私立の有名進学校の名前を持ち出したものだから、また余計なことをと慌てた小笠原は、
「桃至(トウジ)も梨香(リカ)もまだ小さくてこれから金がかかるのに、アンタらに俺をJ学に通わせる余裕なんて無いだろ。……あ」
 と、やってしまい。
 口は災いの元。後悔先に立たず。
 これで、今日から晩飯も作ってもらえなくなるだろう。
「J学なんかへ行って、俺に何しろって言うんだよ」
 J学園は音楽と芸術系の教育に熱心な高校だが、さすがに『ロックバンド科』なんてものは無い。
「あと三年のうちに、何とかするしかないよなあ」
 ギターが弾けると言ったので連れてきた臼井は、小笠原の気を引くために嘘をついていただけだった。
 高遠が連れてきたボーカルの鈴木も、経験者だと胸を張ったわりに、歌で食べていけるというのにはほど遠い。
 それでつい頭にきて、二人を追い出してしまったのだ。
 思い通りにならないのが人生さ、と歌ったのは誰だっけ? と考えながら、小笠原はドラムの隣にあるスチール製の事務机に移動する。
 一服してから練習しようと、机の上に置いてある煙草に火を点けた。
 喫煙の習慣は、以前年上の男性と付き合っていた時に身についたものだ。
 特に旨いと思って吸っているわけではなかったが、ロックに煙草はツキモノだ。
 小笠原は口にくわえたフィルターを深く吸い込むと、ため息と一緒に煙を吐き出した。
「ん?」
 何だかいつもより、煙の量が多い気がする。
 それに倉庫の中も、さっきより冷えているような。
 試しにフーッと自分の息だけを吐き出してみると、だだっ広い倉庫の空間に、二酸化炭素の白い塊が見事に現れた。
「雪でも降るのかな」
 そしたらホワイトクリスマスじゃん、などと独り寂しく呟きながら、外の様子を見てみようと扉に向かうために、小笠原は煙草を灰皿に押しつけながら立ち上がった。
「あれ?」
 小笠原が入り口を見遣ると、きちんと閉めた筈の扉が少しだけ開いている。
 俺、閉めなかったっけ?
 そりゃ寒い筈だと、五センチ程開いている隙間をしげしげと眺める。
 すると小笠原の目線よりかなり下の方で、何かが動いた。
 何だ?
 小笠原は目線を扉の縁に沿って、上から下へと移動させる。
 そこでは茶色いふわふわした物体が、倉庫の中に頭を突っ込もうと、悪戦苦闘している最中だった。
 小笠原が可笑しさを堪えながら、息を潜めて様子を窺っていると、それは五センチの隙間では頭が入らないと悟ったのか、今度は鉄の扉の縁に指をかけて、うーんうーんと、唸り声を上げ始めた。
 小笠原と扉までの距離は、直線にして六メートル。
 扉にかかった指はとても細く小さく、このままでは千切れてしまうのではないか、近づいていって開けてやった方がいいだろうかと、小笠原はハラハラしてしまう。
 そのうち何とか自力で重い扉を動かすことに成功した満足げな顔がこちらを覗き込み、小笠原と茶色い物体は、お互いバッチリと目が合った。




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あきゅろす。
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