花集ウ 6

****

 翌日。
 小笠原はこの日も練習倉庫に来ていた。
 倉庫には、彼ひとりしかいない。
 駅前商店街にある電気屋の親爺を上手いこと言いくるめて取り付けてもらった、中古のエアコンの風量を全開にしていたが、コンクリートを打ちっぱなしの広い倉庫の中は寒かった。
 年末に向けて、クリスマスやら大晦日やら正月やらの行事が目白押しのこれからの時期は、まだ小学一年生の双子の弟妹が冬休みということもあり、普段はパートに出ていて昼間はいない小笠原の母親も、長期の休みを取って家にいる。
 昨日高遠が言った通り、小笠原は非常に自分の家に居づらかった。
 三年前の中学入学と同時に、自分は同性愛者だと両親に打ち明けて以来、小笠原は親と上手くいっていない。
 誰に似たものか身内の贔屓目を除いても、見映えが良く学校の成績も良い自慢の息子が、同性の男にしか興味の無い変態だと知った両親の驚きは大きかった。
 小笠原に対する期待が相当なものだっただけに、両親のショックは計り知れない。
 特に母親は小笠原がカミングアウトして以来、こちらから話しかけてもろくな返事もせず、目を合わそうとさえしなくなった。
 食事は辛うじて、別の皿にひとり分だけラップのかかった物が用意されてはいたが、家族が誰もいなくなった後のひとりきりの暗いキッチンで、冷めきった料理に箸をつける気にはなれなかった。
 血の繋がった人間に自分が無いものとして扱われることは、小笠原にかなりのダメージを与えた。
 小笠原は幼い頃から頭の回転が早い子供だったのだが、誰にでも愛想を振り撒き、口が達者になり、世間を斜めから見るようになったのはこの時からだ。
 無意識にしろ、彼なりの自己防衛の手段なのだった。
 母親にここまでされてそれでも家を出なかったのは、まだ義務教育の途中で働くことができず、住民票に記載のある住所から一番近い中学に通うしか、しようがなかったことがひとつ。
 そして何よりも、生まれてからずっと可愛がってきた弟妹に、どこにも行かないでくれと懇願されたからに他ならない。
 まだ七才の双子は、年の離れた兄によく懐いていた。
 彼らは子供特有の敏感さで、自分達が兄と仲良くすることを、両親が快く思っていないのを察知していて、母親が家にいない時を狙っては小笠原の部屋にやってくる。
 ある時小笠原は、自宅に漂う空気にどうにも我慢ができなくなり、学校に行かずに、当時付き合っていた年上の男のアパートに転がり込もうと荷物をまとめていたところを、二人にみつかってしまったことがあった。
「お兄ちゃん、お出かけするの?」
 と問いかける彼らに、
「もう帰ってこないから、兄ちゃんの部屋は好きに使っていいぞ」
 些か自棄気味になって答えた小笠原を思い止まらせたのは、ステレオ放送で聞こえてくる、大音量の涙の二重奏だった。
 それ以来、恋人と会う予定が無ければ、平日は学校が終わると家に帰り、自分の部屋から一歩も出ずに双子の相手をして過ごし、母親の仕事が休みの日は、家から自転車を漕いで四十分かかる練習倉庫へ来て時間を潰し、家族が寝静まった頃を見計らって家に帰るという生活を送っている。




[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!