花集ウ 4

 ガッシャーン、
 ドタッ、バタッ、ゴンッ!
「いってー!」
 後ろを全く見ていなかった小笠原は油断していて、楽器が置いてあるのとは反対側の、何もない空間へ滑り転げていった。
 最後のゴンッ! は、椅子から落ちてコンクリートの床に手をついた小笠原の後頭部を、椅子の背もたれが直撃した音である。
「馬鹿野郎! お前っ、何しやがる! ふざけんのも大概にしろよっ!」
 後頭部を擦りながら起き上がった小笠原の顔が、本気の怒りをあらわにしていたが、高遠も負けてはいない。
「ざまぁみろ、だわ。ふざけてるのはどっちよ。アンタ、人のこと言える立場なの? アンタのドラム、自分で冷静に聞いてみたことある? 必要以上に音数(オトカズ)は多い、勝手にリズムを変える、ノリきってもいないのに、アレンジを入れる時もあるわよね。ドラムのソロじゃないんだから、ボーカルより目立ってどうすんのよ!」
「俺のドラムに文句は言わせねぇぞ。だから、鈴木の発声が弱ぇんだよ。ボーカルが俺より目立ちゃ、いいだけの話だろ」
「アンタはそうやって、何でも他人のせいにする。周りの音を聞いて自分が引いてみるとか、人に合わせるとか、そういう考えは無いわけ!?」
「無いね!」
 ……駄目だ、こりゃ。
 高遠の人生に掲げる目標は、自分のバンドを持つことは勿論、他にも幾つかのバンドなり歌手なりを育てプロモートする、芸能事務所を作ることだった。
 世間一般の人々のように、異性と結婚し家庭を作り、子供を育てることが己の人生に望むべくもない以上、これから先の生きねばならない気が遠くなるような長い時間の中で、自分を見失わぬように縋ることができる、家庭の代わりになる確かな形のある物が欲しかった。
 そう考えるくらいには、十五才の高遠は大人だった。
 しかしこの目の前にいる俺様エロ魔人に付き合っていたら、一生バンドなど、ひとつも出来上がらないのではないか。
 もしかしたら、小笠原は本当はバンドを続けることにとっくの昔に飽きていて、いつものように策略を巡らし、高遠がもう辞めると言い出すのを待っているのではないか、とさえ思えてくる。
 こうなってはもう、小笠原とは一緒にやっていけない。
 小笠原は、急に黙り込んでしまった高遠を睨みつけている。
 わざと挑発している顔だった。
 写真撮影のためにカメラの前でポーズを決める時のような、斜に構えて妙にサマになっている姿にカチンときて、別れを切り出す前にこの優男を一発殴ってやろうと、高遠が小笠原の胸ぐらを掴んだ時だった。




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あきゅろす。
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