この魔人は、入ってくるバンドメンバーに次々と手を出しては、飽きると捨てるのならまだしも、その切れる頭で奸計を巡らし、振られるように仕向けておいて、さも自分が被害者であるような顔をする。 恋するときめきも悩みも、あったものではない。 目についた物を手当たり次第にちぎっては投げ、ちぎっては投げするだけの、単純作業用のロボットのようだった。 従って小笠原が作る曲は、例えテンポよくリズミカルな曲調だったとしても、人間的な感情が一切入らず味気ない、どれも似たような代物ばかりだ。 「じゃあ、ボーカルの鈴木は? どうして来ないのよ」 ムカムカと腹が立ってくるのを自覚しながら、高遠は今日来ていない、もうひとりのメンバーの名前を挙げた。 ボーカル担当の鈴木は、ニキビ面でポッチャリ体型の冴えない容姿をしている。 それでも友達とカラオケに行けば、ノリのいいポップスを歌いまくり場を盛り上げる、陽気な奴だ。 二つのコピーバンドのボーカルを掛け持ちでやっているという噂を聞きつけた、中学で同じクラスの高遠が、 「一度うちで歌ってみない?」 と、誘った経緯の持ち主だ。抜けた前のメンバーの埋め合わせのため、鈴木も臼井と同時期にバンドに入った。 彼は小笠原の好みから大きく外れるので、魔人の手は伸びなかった筈だ。 「あー、鈴木ね。アイツはさぁ、まあ俺との音楽に対する考え方の違いっつーの? 方向性の違いっつーの? ……要はヘタクソだからいびり出した」 「はあ!?」 「だって、アタック(出だし)が弱いって、何回言っても直んねぇんだもん。ボーカルがそんなの、信じられるか?」 「ねぇ、わたし達まだ中学生よ」 「中学生だからって、バンドのボーカルがヘタクソでいいのかよ。『あー』っていう歌の出だしを『ンあー』って歌うんだぜ。我慢できない」 「義光アンタね、いい加減にしなさいよ」 「なにがだよ」 小笠原は、どこにでもあるスチール製の事務机と対になっている椅子に座り、この話に気乗りがしないのか、クリン、クリンと勢いをつけて回り始める。 二人がバンドの練習に使っている倉庫は、元々高遠の父親が経営している会社の資材置き場を半分空けて作ったもので、事務机はその資材の中から拝借した。 机の上には曲をダウンロードしたり、パート毎の楽譜を起こしたり、メンバー募集のチラシを打つためのパソコンと、プリンターが乗っている。 机の横には、小笠原が愛用している練習用のドラムセットと、高遠が弾くキーボード。スタンドマイク一本に、古いアンプとスピーカーもある。 どれも廃棄処分寸前だったところを、知り合いの自称ミュージシャンから譲り受けた物だ。 「アンタ、バンド続ける気あるの?」 「ありますともー」 クルリ、クルリと回る小笠原の調子だけはいい答えに、ついに堪忍袋の緒が切れた高遠は、目の前に小笠原の背中が来た時を狙って、椅子の背もたれごと思い切り蹴飛ばしてやった。 |