花集ウ 1


 初めまして、こんにちは。
 ようこそ、企画オブシディアンの事務所へ。わたしが、代表の高遠よ。
 今日は、研究生募集の広告を見て、来てくださったのかしら?
 丁度良かったわ。今から隣のスタジオで、ロックバンドの“オブシディアン”が練習を始めるところなの。見学していかれる?
 ああ、ダンスのレッスンは、夕方からよ。ここから少し行った先に、ダンス教室があるの。
 ボーカルのハルが今日のレッスンを受ける予定だから、ご一緒にいかが?
 他に質問があったら、何でも言って頂戴ね。
 ――え?
 “ オブシディアン”の結成当時の話?
 あなた達、そんなことに興味があるの?
 あまり面白い話でもないと思うけれど、聞きたいかしら。
 ――そう、いいわ。
 じゃあ最初に、わたしとドラムの小笠原が、中学三年生だった冬の話からするわね。
 わたしと小笠原が意気投合してバンドを組もうと約束したのは、同い年のわたし達が中一の時だったんだけど、二年後のこの時にはわたしがキーボードで彼がドラム、他にも同じ年のボーカルとギターがいて、念願のバンド活動を始めたところだったの。
 まあ言ってみれば、今の“オブシディアン”の原形ね。
 バンドの名前は…… ××××。
 笑わないで頂戴、わたし達もまだ若かったんだから。
 中学三年の冬休み初日。場所は後で見学に行く、隣の練習スタジオね。
 じゃあ、始めるわよ――



◇◆◇◆◇



 高遠新右衛門(タカトオ シンエモン)は、この日何度目かのため息をついた。
「はあー」
「おいタカ。止めろよ、辛気臭い」
 高遠のため息を低い声で遮ったのは、彼と同じ年の小笠原義光(オガサワラ ヨシミツ)十五才。
 中学三年生にして既に身長が百八十センチ近くあり、明らかに校則違反であろう、肩に届きそうなくらいに長い黒髪をサラリと靡かせた、垂れ目で細身の優男だ。
「そりゃあ、ため息もつきたくなるわよ。どうしてボーカルとギターが練習に来ないのよ。冬休み初日よ? 義光、アンタまたやらかしてくれたわね」
 そう言った高遠も身長百八十センチ、筋肉質で胸板厚く、見事な逆三角形のプロポーションをしている。
 高遠は強度の近視のため、眼鏡が手放せない。
 中学生らしく黒髪短髪だが、レンズの奥で動くギョロリとした大きな目と、体格に似合わぬ幾分甲高い声の持ち主で、彼が喋る女言葉と相まって、通っている学校では浮いた存在だ。
 ただ例え彼ら二人が、中学の量産型の学生服を着て同級生に混ざり黙って立っていたとしても、身体的特徴だけで充分浮いては見えるだろうが。
 高遠は、身体の機能は男子だが心は女子という、いわゆる性同一性障害者(GID)である。
 物心ついた時から、自分の身体の中心に男のモノが付いていることに違和感があった。
 しかし皮肉なことに、昆虫採集よりも人形遊びを好み、喋る言葉もその辺の女の子より女らしい高遠の身体は、本人の希望とは全く関係無く、大きく立派に成長していった。
 身体が大きくなるにつれて、高遠は憧れていたフリルのスカートを穿くことを諦め、学校の水泳の授業では、上半身裸になることに必死に抵抗し、常人には理解し難い苦痛を強いられて、生活していかねばならなかった。
 もっとも中学一年の時、ジェンダークリニックの医師にGIDと診断され、それを公にしてからは、好奇の目で見られることはあっても、あからさまな嫌がらせを受けることは随分と減ってきていた。
 苦痛に耐えた分だけ同級生達より大人びていて、元来世話好きでしっかり者の高遠は、これまでに同じクラスの女子達の小さな揉め事や相談事を、解決してやったことが何度かある。
 中学生のうちは、まだ男の子よりも女の子の方が、精神的な力関係に於いては立場が上だ。
 クラスの女子達の支持を受け、頼りにされていることが、高遠への風当たりが弱まった要因のひとつになっていた。




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あきゅろす。
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