ケンシはハルばかりに目がいって、隣にいた人の顔は見なかった。 正直背が高かったことしか印象にない。 「僕が中学に入学した年に、その年の卒業生でJ学園に推薦合格した先輩がいるって、担任の先生がえらく自慢してて」 ケンシが素直だったことに気を良くした兄が、受験はまだまだ先のことと思っている彼でさえ知っている、超有名高校の名前を挙げた。 「絵の推薦でJ学に行ったらしいんだけど、この二年の間に賞を幾つか獲って、今年の春は新聞社の主催する有名なコンクールにも入賞したって。名前は―― タイシ、松浦大志。ハルの弟だ」 「弟…… 兄ちゃんスゲ。何でも知ってるんだね」 「お前の名前と似てたから、覚えてただけだ。新聞に写真付きで結構大きく出てたよ。ケンシも新聞くらい読めよな、中学生になったんだから」 またそこへ話が戻ってしまい、ケンシはプゥと、頬を膨らませた。 「もう、分かったってば。それであの人の情報は終わり?」 「知りたくなくても、そのうちお前のクラスの女子が騒ぎ出すよ、きっと」 兄は苦笑いを浮かべながら、弟に言う。 そしてよく意味が分からず不思議そうに兄を見た弟に、仕方ないなともう少し詳しく説明してやった。 「今日は松浦先輩を駅で見かけたとか、昨日はスーパーで買い物してたとか。うちの中学の女子は、殆どが松浦大志ファンだからね。入学した時にはあの人は卒業してて、直接知っているわけでもないのにね。やっぱりあれだけ顔が良くて背が高くて将来は画家になることが確定している人だと、女子が放っとかないのかな」 「ふーん」 タイシの顔を見なかったケンシは興味が湧かず、あの背の高い人がハルの弟なら顔も似てるのかな、と考えただけだった。 それにしてもと、ケンシは彼らのいた広場を振り返ってみる。 ホントに綺麗な人だった。 ハルにもう一度会いたい。あの人の歌を聴いてみたい。 どんな声をしてるんだろう? 明日学校で、トヤ君に詳しく訊いてみよう。 振り返ってみてもだいぶ距離が離れてしまっていたので、もうハルの姿は見えなかった。 その時、強い風が再びゴォーッと吹いてきて。 ケンシの立っている細い通りの空間を背後から広場の方へと、風と一緒に桜の花びらが流されていく。 「行くよ、ケンシ」 「待って、兄ちゃん」 置いていかれてなるものかと、ケンシはクルッと身体の向きを変え、慌てて兄の背中を追いかけた。 ***** 「ヒャー」 再び吹いてきた強い風にハルがまた身を竦ませると、目の前に大きなタイシの手が差し出された。 その手をキュッと掴み顔を見上げると、彼が憮然とした表情で自分を見下ろしている。 何か言いたそうだと、 「ん?」 ハルが催促すれば、 「もう少し、気をつけてくれないと」 タイシは不満げな顔をしたまま言う。 「あなたは自分が人からどんな風に見られているのか全く気にしない。無頓着に過ぎる」 ハルは首を捻る。 タイシはそう言うけれど最近は外出する時、喉を保護する以外の目的で、マスクやマフラーや帽子を身に付けるようになった。 それはバンドリーダーで、ハルが所属するプロダクション事務所の社長でもある高遠の命令と、ハルにとっては兄のような存在の、小笠原の注意を受けてのことだ。 けれど今は町内だしタイシが一緒だからと、してこなかったんだけど…… [*前へ][次へ#] [戻る] |