花繋グ 19

 タイシが愛しくて愛しくて、堪らない。
 人を愛するということがこんなにも焦れったく切なく、鼻の奥がツーンとするものなのだということを、ハルは今日初めて知ったのだった。


「兄ちゃん、待ってよ」
 ここが公共の場であることを忘れかけていた彼らの耳に、声変わりする前の男の子特有の甲高い声が聞こえてきて、慌てて身体を離す。
 声のした方に顔を向けると、大通りから男の子が二人、こちらに歩いてくるのが見えた。
 前を歩いてくる兄ちゃんは中学生、後ろから小走りに追いかけてくる弟が小学校高学年くらいの年頃だ。
 二人共、スイミングスクール指定の揃いのリュックを背負っていた。
 兄の方は広場の桜の木の下に立っているハルとタイシに気がつくと、チラッと見はしたが直ぐに前に向き直り、弟を待たずにスタスタと歩いて行く。
「兄ちゃん、待ってったら」
と言いながら殆ど走るように兄を追いかけてきた弟は、兄の目線の行った先が気になって広場を見た。
 すると彼は一点を見つめたまま桜の下までくると走るのを止め、ピタッと動かなくなってしまう。
「あ」の形に開いた口と同じように目も見開き、彼はハルに釘付けになっていた。
 ハルも視線を感じて、不思議そうに彼を見る。
 ハルにしてみれば知り合いだったっけという、軽い気持ちだった。
 クリクリした目の可愛らしい男の子だったが、顔に覚えが無い。
 お互い数秒みつめ合ったところで、我慢の限界にきたタイシが二人の視線の間に割って入った。
 幾ら子供だろうと、ハルを不躾にみつめることは許し難い。
 見えなくなるように自分の身体でハルを隠したタイシがジロリとその子供を睨むのと、
「ケンシ」
 道の先まで行ってしまっていた兄が弟を呼ぶのとが、ほぼ同時だった。
 この子は兄が自分を呼んでくれたお陰で、怖い思いをせずに済んだと言えよう。



*****



「兄ちゃん、兄ちゃん」
 開いてしまった距離に驚き、慌てて兄に駆け寄ったケンシと呼ばれた子供が、少し興奮気味に喋り出した。
「今の女の人見た? 外人さんかな、ものすごく綺麗だった」
「お前、知らないの」
 兄は如何にも自分は優等生ですと言っている、目のつり上がったきつい顔を呆れさせてケンシを見る。
「あの人は“オブシディアン”のハルだよ。ここら辺じゃ有名人だぞ。それに女じゃなくて、男。ハーフだって。まあ綺麗なのは認めるけど、僕はあまり興味無いね」
「おぶ…… ハル? えっ、あの人、男なの!?」
「ロックバンドのボーカルだよ。戸谷(トヤ)が言うには、今歌ってる曲が凄くヒットしてて、深夜番組のエンディング曲になってるって。もうすぐメジャーデビューするらしいから、そのうちテレビに出るんじゃないの」
「トヤ君って中三なのに、深夜番組見てるの?」
「中三だから見るんだろ。なぁ、ケンシ。お前も中一になったことだし、幾ら仲良くても学校ではアイツのこと、先輩って呼んでやれよ。戸谷君なんて呼んだら、殴られるぞ」
「分かってる。学校ではちゃんと呼ぶ」
 先月までは君呼びで済んでいた、兄の友達でインディーズバンドオタクである戸谷の呼び方を咎められて、中学生ってめんどくさいとぼやく弟に、
「ならお前、ハルの隣にいた黒い服の男の人のことも知らないだろ」
 結局は弟を待って立ち止まっていた兄が、そう言いながら自分達の家に向かって再び歩き出す。
 ケンシも兄と一緒に歩き出しながら、素直に驚きの声を上げた。
「あの人も有名人なの?」






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