「こげな絵を描きよるのかね、大志は。今まで誰かに教わったことは…… 無い? フーム。すっとこれは、血の為せる業かね」 何か考え込んでいるような顔つきだった。 オレの描いた絵が上手いのか下手なのか、自分では判断がつかなかった。 ただどうやら鉛筆で殴り描きしただけの絵が、褒められたようだという認識はあった。 翌朝早く、お爺さんは家のどこからか大きな板を引っ張り出してきて、それを黙ってオレの前に置いた。 他にスケッチブック、クレヨン、水彩絵の具、油絵の具、パレット、筆など大量の道具が揃っていて、これを使えと一言だけ言う。 絵を描く道具など、見るのも触るのも生まれて初めてだったオレが本気で困ってしまい固まっていると、目の前に一本の筆が差し出された。 この時から、お爺さんはオレの絵の先生になった。 庭に咲いていたひまわりの黄色い花が枯れて、茶色の種に変わってきた頃には、何とかひとりでキャンバスを張れるようになっていた。 お爺さんと二人きりの生活は相変わらず穏やかで、変わったことといったら、外が暗くなると鳴き出すカエルの声に虫の音が交ざり始めたことぐらいだ。 三度の食事は、いつもお爺さんと一緒に作った。 ひとり暮らしが長いらしいお爺さんは大抵何でもできたから、オレは今まで作ったことがなかった料理も色々と教わることができた。 二人向かい合って夕飯を食べていた時、 「大志もそろそろ学校に通う支度をせんといけんね」 何気なく言われて、自分の耳を疑う。 「え、いいんですか。学校に通っても?」 オレは今まで一度しか学校に通わせて貰ったことがなかったから、つい勢い込んでお爺さんに訊き返した。 あれは、前の前の前の…… とにかく、子供のいない夫婦の家に世話になっていた時だ。 大人達の暴力から少しでも身を守ろうと、いつも人の顔色を窺いながら生きてきたオレにとって、急に手が飛んでくることもなく、顔を隠さず同じ目の高さで同じ年の子供といられる学校は、ホッと息のつける場所だった。 また学校に通える。 何だか夢の中にいるようなフワフワした気分で、その時食べていた夕飯の味はしなかった。 「明日は学校の手続きをしに、役場に行ってくるけんね」 と言っていた当日。 朝になってもお爺さんはちっとも起きてこなかった。 不審に思い、お爺さんが寝ている部屋の障子をそっと開けて中の様子を窺うと、朝日が射し込む部屋の中で布団に横たわったまま、お爺さんの身体は既に冷たくなっていた。 |